「もっと知りたい 千葉県の歴史」小和田哲男 監修

この本は千葉県に関する歴史的事項を「史跡篇」「信仰篇」「事件篇」「人物篇」「文化・生活篇」に分けて簡単に説明している。簡単だけに断片的であるが、こんなことがあったのとか、こんな人物がいたんだということがわかる。

「史跡篇」では縄文時代の貝塚の遺跡が約700と多いこと、また古墳も1300も確認さrていて兵庫に次いで全国2位であることがわかる。古墳時代の国造(くにのみやつこ)も阿波、長狭、上海上、伊甚、武社、菊麻、須恵、馬来田、千葉、印波、下海上と全部で11もあったことを知る。地域の自治権を持った地域権力が多く県内にいたことがわかる。この11が、7世紀半ばから上総、下総、安房の三国になる。また下総台地は馬の牧が多く作られていたようだ。
幕府は慶長14年に東北の諸大名に銚子湊のお手伝い普請を命じている。そして東北諸藩→銚子湊→利根川を遡り→江戸というルートができてくるわけだ。

「信仰篇」では房総は日蓮が生まれたから日蓮宗だけと思ったら、浄土宗を良忠が広めたことを知る。日蓮宗は長享2年に里見氏の援助を得て土気城主となった酒井定隆が日泰上人に帰依して領内の諸寺院を日蓮宗に改宗させる。これを七里法華という。

「事件篇」では河内源氏が東国に地歩を築いたのは平忠常の乱を平定した源頼信からと知る。

「人物篇」では剣術で飯篠家直、小野忠明が出る。菱川師宣や、『利根川図志』を著した医師・赤松宗旦、東京歯科大学の創設者の血脇守之助、日本式点字の開発者石川倉次、サッカー、卓球、テニス等を紹介した坪井玄道などの人物を知る。

関東捕鯨を確立した醍醐新兵衛は鋸南町に住む。小林一茶とも親交があった女流俳人の織本花嬌。蘭癖大名の堀田正睦。平田篤胤の門下で下総国学の宮負定雄、同門で『房総三州漫録』の著者深河潜蔵。波の伊八とも言われる彫刻師の武志信由、農村を立て直そうとした大高善兵衛、平山仁兵衛の兄弟。農政学者の大原幽学。佐倉藩士の孫娘、津田梅子、明治工業の父西村勝三などが登場する。

「文化・生活篇」では、青木昆陽はサツマイモの普及に力を貸したとされているが、下総国武石村(千葉市)で安永年間に一人の浮浪者がサツマイモの作り方を教え、死後に神として祭られたことを知る。


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