「石油に頼らない 森から始める日本再生」養老孟司+日本に健全な森をつくり直す委員会
この本は、民主党政権になった時に森林行政についての政策を、標記の委員会として提言したものをベースに、その委員か関係者が、主張、意見を個別に書いている本ではないかと想像する。
森を通しての環境問題と、日本の林業再生の2つの視点が含まれている。後者の視点は、ある程度、林業を知らないとわからない内容であり、私には読み難い。
各章は「林業が、新政権のテーマになるまで」(天野礼子)、「石油がなくなるまでにやるべきこと」(養老孟司)、「森-日本の文化を支えるこころの器として」(立松和平)、「僕が日本からもらったもの、日本で僕ができること」(C.W.ニコル)、「現場から見た山の現状と再生への道筋」(湯浅勲)、「ヨーロッパ林業に学ぶ「林業国家」への基盤づくり」(梶山恵司)、「全国の林業事業体を歩いてー持続可能な社会の構築に向けての提案」(藤森隆郎)、「日本に健全な森をつくり直す委員会提言」(藤森隆郎、竹内典之)、「森林・林業基本法を一からつくり直すために理解すべきこと」(川村誠)、「立松さんが言い遺したこと」(天野礼子)となっている。
「林業が、新政権のテーマになるまで」(天野礼子)では、川を再生するためには森の再生が必要と考えてきた著者が森の再生に取り組んでいる人と出会い、取材する中で「日本に健全な森をつくり直す委員会」を結成し、提案書を作りはじめる。そこに民主党政権ができて、政権の政策に取り上げるられるに至った経緯を書いている。
「石油がなくなるまでにやるべきこと」(養老孟司)は、石油が20世紀の歴史を左右してきたことを歴史から説明する。この通りである。地球温暖化キャンペーンは石油を使うなと言うが、石油の生産を減らせとは言っていない。だからまやかしと養老先生らしく述べる。石油がピークアウトしたら木に頼らざるをえない。そこで森が大事になるという論である。
「森-日本の文化を支えるこころの器として」(立松和平)は、全国の霊峰を登る中で各地の森に出会う。天然林だけでなく人工林でも、木曽の檜、伊勢の神宮宮域林の例を述べ、木が日本文化を支えてきたことを書く。法隆寺で使われている木は芯去り材(しんさりざい)で歪みや皹が出ないようにしている。こういう材が取れる巨木が無くなりつつあり、「古事の森」として林野庁の国有林ではじめている。また足尾の山の再生にも取り組んでいる。今、日本はどこでも同じ文化になり、木材も安くする為に外材を使う。そうすると林業に携わる人が減り、森が荒れるという循環になっていると述べる。
「僕が日本からもらったもの、日本で僕ができること」(C.W.ニコル)は南ウェールズの出身で先祖はブナ林をつくたという著者が、日本に来た目的は空手だったのだが、その仲間と山に登った時にブナの原生林に出会って美しいと感じる。長野住んで猟をした時に多くの獲物がいる自然に驚く。しかし、その後、開発で森が伐られ、すると水害も起きることを経験する。ウエールズに帰った時に、緑が蘇っていた。そこで自分も好きな日本で森を再生しようとした。松木さんというパートナーと「アファンの森財団」を作り、森の再生に取り組んでいる。
「現場から見た山の現状と再生への道筋」(湯浅勲)は日吉町森林組合で活躍している著者が、林業再生という視点で書いている。専門的な内容である。現状として日本の森林は2512万ヘクタールで国土の67%を占め、その内、人工林は41%である。その樹齢構成で見ると、最も多い41~45年生林の20分の一が1~5年生林と少ない。大きい木を育てる為には21~25年生から60年生までは間伐が大事。そうでないと森は荒れる。しかし間伐は30万㌶ほどしかなされていない。少なくとも100万㌶が必要。今は荒れて竹が増えている。
木材価格は国際標準価格に下がる。人件費は上がるから林業は成り立たない。ヨーロッパは林業用機械が進化している。日本は作業道もうまく出来ていない。また不在村者が山林を所有していて、しかも小規模。そこで日吉町森林組合では管理されていない森を専門家が見て、現場にあった林のありかたと、将来のプランを所有者に提案する提案型集約化施業を提案している。やってはいけないのは①50年過ぎたからと言って皆伐をすること、②むやみな林道や作業道開設、③事業計画なしの人員採用である。またやるべきことは森林の区分ごとの境界を明確にすること、山のことがわかる人材の育成である。
「ヨーロッパ林業に学ぶ「林業国家」への基盤づくり」(梶山恵司)では、日本の林業が衰退したのは外材が輸入されたのではなく、当時1億㎥の木材需要があり、それを埋める為の外材輸入だった。外材が入ってこなければ日本の森は大変なことになっていた。材価は下がったのではなく、当時の異常な価格が是正されただけ。こういうことを踏まえて歴史のあるヨーロッパの林業に学んでいこうとして、各種提言を書いている。内容的には前述した湯浅氏の提言と同様である。
「全国の林業事業体を歩いてー持続可能な社会の構築に向けての提案」(藤森隆郎)では、健全な森林生態系を維持することは、生物多様性の維持、水源涵養、気象緩和につながると述べる。生産林(人工林)と環境林(天然林中心で天然生林…人為の攪乱で天然更新し、遷移の途上にある林、天然林…人手が入らず、台風などの自然攪乱で天然更新して極相に至る森)に区別して、それらの適切な配置が大事。立地条件で人工林に向かないところが天然林にすることも林野行政で大事と述べ、林業組合にも問題提起をしている。
「日本に健全な森をつくり直す委員会提言」(藤森隆郎、竹内典之)では①石油に頼らず木を使う国に、②日本の石油使用を50年にわたり1%ずつ減らす。③現行の森林率を維持しようとの提言である。
「森林・林業基本法を一からつくり直すために理解すべきこと」(川村誠)では、国産材供給の拡大を掲げて、林業基本法が制定してからの経緯を説明する。それによって、天然林から人工林への転換が公的資金も投入されて進められる。拡大したが、国産材の増産は果たされず、逆に生産の縮小に向かって輸入材が拡大。
次いで森林・林業基本法ができ、森林の多面的機能(環境)の発揮が掲げられる。放置されている人工林の活用が大事。山村の過疎対策も必要と論じている。
森を通しての環境問題と、日本の林業再生の2つの視点が含まれている。後者の視点は、ある程度、林業を知らないとわからない内容であり、私には読み難い。
各章は「林業が、新政権のテーマになるまで」(天野礼子)、「石油がなくなるまでにやるべきこと」(養老孟司)、「森-日本の文化を支えるこころの器として」(立松和平)、「僕が日本からもらったもの、日本で僕ができること」(C.W.ニコル)、「現場から見た山の現状と再生への道筋」(湯浅勲)、「ヨーロッパ林業に学ぶ「林業国家」への基盤づくり」(梶山恵司)、「全国の林業事業体を歩いてー持続可能な社会の構築に向けての提案」(藤森隆郎)、「日本に健全な森をつくり直す委員会提言」(藤森隆郎、竹内典之)、「森林・林業基本法を一からつくり直すために理解すべきこと」(川村誠)、「立松さんが言い遺したこと」(天野礼子)となっている。
「林業が、新政権のテーマになるまで」(天野礼子)では、川を再生するためには森の再生が必要と考えてきた著者が森の再生に取り組んでいる人と出会い、取材する中で「日本に健全な森をつくり直す委員会」を結成し、提案書を作りはじめる。そこに民主党政権ができて、政権の政策に取り上げるられるに至った経緯を書いている。
「石油がなくなるまでにやるべきこと」(養老孟司)は、石油が20世紀の歴史を左右してきたことを歴史から説明する。この通りである。地球温暖化キャンペーンは石油を使うなと言うが、石油の生産を減らせとは言っていない。だからまやかしと養老先生らしく述べる。石油がピークアウトしたら木に頼らざるをえない。そこで森が大事になるという論である。
「森-日本の文化を支えるこころの器として」(立松和平)は、全国の霊峰を登る中で各地の森に出会う。天然林だけでなく人工林でも、木曽の檜、伊勢の神宮宮域林の例を述べ、木が日本文化を支えてきたことを書く。法隆寺で使われている木は芯去り材(しんさりざい)で歪みや皹が出ないようにしている。こういう材が取れる巨木が無くなりつつあり、「古事の森」として林野庁の国有林ではじめている。また足尾の山の再生にも取り組んでいる。今、日本はどこでも同じ文化になり、木材も安くする為に外材を使う。そうすると林業に携わる人が減り、森が荒れるという循環になっていると述べる。
「僕が日本からもらったもの、日本で僕ができること」(C.W.ニコル)は南ウェールズの出身で先祖はブナ林をつくたという著者が、日本に来た目的は空手だったのだが、その仲間と山に登った時にブナの原生林に出会って美しいと感じる。長野住んで猟をした時に多くの獲物がいる自然に驚く。しかし、その後、開発で森が伐られ、すると水害も起きることを経験する。ウエールズに帰った時に、緑が蘇っていた。そこで自分も好きな日本で森を再生しようとした。松木さんというパートナーと「アファンの森財団」を作り、森の再生に取り組んでいる。
「現場から見た山の現状と再生への道筋」(湯浅勲)は日吉町森林組合で活躍している著者が、林業再生という視点で書いている。専門的な内容である。現状として日本の森林は2512万ヘクタールで国土の67%を占め、その内、人工林は41%である。その樹齢構成で見ると、最も多い41~45年生林の20分の一が1~5年生林と少ない。大きい木を育てる為には21~25年生から60年生までは間伐が大事。そうでないと森は荒れる。しかし間伐は30万㌶ほどしかなされていない。少なくとも100万㌶が必要。今は荒れて竹が増えている。
木材価格は国際標準価格に下がる。人件費は上がるから林業は成り立たない。ヨーロッパは林業用機械が進化している。日本は作業道もうまく出来ていない。また不在村者が山林を所有していて、しかも小規模。そこで日吉町森林組合では管理されていない森を専門家が見て、現場にあった林のありかたと、将来のプランを所有者に提案する提案型集約化施業を提案している。やってはいけないのは①50年過ぎたからと言って皆伐をすること、②むやみな林道や作業道開設、③事業計画なしの人員採用である。またやるべきことは森林の区分ごとの境界を明確にすること、山のことがわかる人材の育成である。
「ヨーロッパ林業に学ぶ「林業国家」への基盤づくり」(梶山恵司)では、日本の林業が衰退したのは外材が輸入されたのではなく、当時1億㎥の木材需要があり、それを埋める為の外材輸入だった。外材が入ってこなければ日本の森は大変なことになっていた。材価は下がったのではなく、当時の異常な価格が是正されただけ。こういうことを踏まえて歴史のあるヨーロッパの林業に学んでいこうとして、各種提言を書いている。内容的には前述した湯浅氏の提言と同様である。
「全国の林業事業体を歩いてー持続可能な社会の構築に向けての提案」(藤森隆郎)では、健全な森林生態系を維持することは、生物多様性の維持、水源涵養、気象緩和につながると述べる。生産林(人工林)と環境林(天然林中心で天然生林…人為の攪乱で天然更新し、遷移の途上にある林、天然林…人手が入らず、台風などの自然攪乱で天然更新して極相に至る森)に区別して、それらの適切な配置が大事。立地条件で人工林に向かないところが天然林にすることも林野行政で大事と述べ、林業組合にも問題提起をしている。
「日本に健全な森をつくり直す委員会提言」(藤森隆郎、竹内典之)では①石油に頼らず木を使う国に、②日本の石油使用を50年にわたり1%ずつ減らす。③現行の森林率を維持しようとの提言である。
「森林・林業基本法を一からつくり直すために理解すべきこと」(川村誠)では、国産材供給の拡大を掲げて、林業基本法が制定してからの経緯を説明する。それによって、天然林から人工林への転換が公的資金も投入されて進められる。拡大したが、国産材の増産は果たされず、逆に生産の縮小に向かって輸入材が拡大。
次いで森林・林業基本法ができ、森林の多面的機能(環境)の発揮が掲げられる。放置されている人工林の活用が大事。山村の過疎対策も必要と論じている。