「司馬遼太郎全集22 花の館(戯曲)」司馬遼太郎著

 これは司馬遼太郎が唯一書いた戯曲である。主たる登場人物は、足利義政と妻の日野冨子に、義政の弟で僧だったのを義政から将軍にするからと強く言われて還俗させられた足利義視(僧の時は浄土寺義尋)が有名人のキャラクターで、他は司馬遼太郎が創作した人物が登場する。
 昔、読んだ時は面白くないと思った記憶があり、今回もあまり読む気がしなかったのであるが、再読してみて、なるほど司馬遼太郎はこういうことを書きたいのかと感じた。

 足利義政は政治よりも庭造りとか能とか美の方に関心があり、早く隠居したいと考えて、弟を還俗させる。妻の日野冨子は関所を設けて、関銭を集めるなど財力に強い関心を持つ。

 日野冨子は一度、子供を亡くしているが、弟が次の将軍として還俗してから、義政の子を宿す。後の足利義尚である。当然に家督争いの種が生じることになる。家督争いとは権力欲(日野冨子にとっては財力を集める力でもある)をめぐる争いである。この争いは義視と義尚の、それぞれの後見となった細川勝元と山名宗全の争いにもつながり、同時期に生じた有力氏族の畠山家や斯波氏の家督争いも両者を頼り、応仁の乱になるわけだ。

 そして応仁の乱では足軽という金次第でどちらにも味方する兵力が生まれ、この戯曲では鬼の兵六という足軽大将が登場する。
 この無慈悲で鬼のような兵六が女神のように崇めるのが嬉野という高級娼婦である。娼婦も足軽と同様に金次第だが、その汚い金の頂点にいる足軽大将と高級娼婦を金とは無縁な愛で絡めている。荒唐無稽なのだが、そこは物語の世界である。

 その嬉野と昔に夫婦の約束をしていたのが能役者崩れの銀阿弥で、この人物も脇役の一人として嬉野を忘れられない男として登場する。そして金や愛欲や権力などの世俗の欲に無縁な旅の乞食僧も登場させる。
 応仁の乱前後の各種の欲望が剥き出しで争う人間模様を、欲から無縁で聖とも言える存在に近い人物を絡ませて物語を進めていくわけだ。戯曲として成功しているかはわからない。司馬遼太郎は戯曲をこれ一つしか書いていないわけであり、本人もあまり手応えは無かったのではなかろうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント