「司馬遼太郎全集20 酔って候」司馬遼太郎著

この小説には以下の4つの短編が含まれている。「酔って候」「きつね馬」「伊達の黒船」「肥前の妖怪」である。いずれも幕末に大名ながら活躍した人物を取り上げている。全体のタイトルにしている「酔って候」は土佐の山内容堂、「きつね馬」は薩摩の島津久光、「伊達の黒船」は伊予宇和島の伊達宗城、「肥前の妖怪」は肥前の鍋島閑叟の話である。もっとも「伊達の黒船」は殿様のことより、蒸気船を作れと命じられた非常に器用な提灯の張り替え屋嘉蔵のことを主に書いている。

 「酔って候」の山内豊信容堂は山内家の分家の生まれで、剣は無外流を学び、馬術は源家古流、居合も学び、馬術と居合は練達していた。22歳の時に藩主が34歳で逝去。その実弟が25歳で跡を継ぐが、襲封の御礼に行った時に急死する。公儀の法度では廃絶だが、家老が島津斉彬、伊達宗城、黒田斉溥などを通して老中阿部正弘に工作して15代藩主になる。
 上述したように武芸に堪能で酒も強く、侠客のような気風があり、史籍、漢詩、和歌なども造詣がある。土佐藩特有の上士、下士の身分制度を堅持し、吉田東洋を抜擢する。越前松平春嶽、宇和島の伊達宗城、島津斉彬と「天下の四賢侯」と称せられた。井伊に逆らって一橋慶喜を推したために、隠居せざるを得なくなる。その後の幕末動乱は下士層の脱藩浪士が長州藩と結んで活躍し、容堂は後藤象二郎、乾(板垣)退助の上士を使い、大政奉還や慶喜赦免のことなどを働きかける。

「きつね馬」は島津久光の話である。兄の島津斉彬を尊敬していたので、兄と同様なことをやろうと指向したが、西郷に田舎者と言われたように、人物の位が違っていることを書いている。大久保は久光に取り入り、藩士個人ではなく、藩全体で倒幕に向かうように工作し、成功したわけだ。薩摩藩主を江戸に呼ぼうと幕府が画策し、その実現を阻止するために江戸の上屋敷を大久保などが暗躍して火事を起こす。それでも幕府は木曽川治水の金を免除するかわりに藩邸を造り替え、上京するように仕向ける。この途中で寺田屋事件を起こし、この帰りに生麦事件をおこすわけだ。西郷のことは安禄山として謀反人扱いであった。

「伊達の黒船」は伊予宇和島藩の伊達宗城の話だが、彼も伊達家の親戚の旗本の生まれで養子になる。優れた人物だったようで新しい機械にも関心が高く、藩で蒸気船を作ろうとする。人材を探したら、城下の器用な提灯張り替え職人の嘉蔵を家来が推挙し、その嘉蔵が苦心惨憺して、最期は長崎に行って学び、蒸気機関を作ってしまうまでを描いている。宇和島藩の藩士や、御用商人などは嘉蔵の身分が低いので馬鹿にし、結局は機関の製作を邪魔するている様子を書いている。藩医の村田蔵六(大村益次郎)が作ったと思っていたが、彼は船体を作り、肝腎の蒸気機関は嘉蔵が作ったわけだ。

「肥前の妖怪」は佐賀鍋島藩の鍋島閑叟の話である。鍋島藩は一代おきに明君が出るとのことで子供の頃から期待され、それに見事に応えた実に優秀な藩主であることが記されている。乳母の影響も書いている。藩の金が無い現実を踏まえ、藩も商人のようにと考え、密貿易も行ったようだが、記録は残っていない。その後、西洋との違いは軍事技術の差と気が付き、大砲や銃器を自前で製産するようになる。また一定の学問を修めないと家禄を減じるとの制度をつくり教育に力を注ぐ。藩の頭脳は藩主だけでいいとして藩士の統制を強め、鎖国主義を貫く。幕末の土壇場で薩長につき、薩長土肥となり、近代的軍事力を発揮する。

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