「司馬遼太郎全集11 国盗り物語(後編)」 司馬遼太郎 著

 後編は織田信長の物語となっているが、明智光秀のウェイトも高く、2人の物語である。それは斎藤道三の衣鉢を継ぐのが娘婿の信長と道三の妻の縁戚の光秀という位置づけで、光秀は道三に可愛がられ薫陶を受けていたという設定だからである。
 昔、読んだ時は織田信長中心の物語だったという印象が強かったが、今回、再読すると明智光秀のウェイトがかなり高い。また昔は面白い小説で司馬遼太郎の傑作の一つだと感激したが、今回は前編も含めてあまり感激はしなかった。
 ここで展開されている信長と光秀の葛藤=光秀が謀反を起こす理由は、信長の近代性(中世の伝統を無視して合理的に思考・行動する)と、光秀の古典的教養(古くからの伝統も大事にする)から来るとして、物語をその方向にもっていっている。ある意味で陳腐な説である。

 はじめに信長の少年期のうつけ者と言われた時代を描き、濃姫との結婚、信秀の葬儀の時の態度、斎藤道三との対面が書かれる。古くから知られた話である。
 信長と美濃の間でお勝という娘が元で緊張する場面が描かれる。お勝の言いかわした者が信長の近習に討たれる。信長はその近習を美濃に追放する(実質は道三に頼んで匿ってもらう)が、お勝が美濃に行き、道三の跡を継いだ義竜に訴え、それが美濃と尾張の緊張につながる場面である。その後、道三と義竜は争い、道三が討たれる。
 明智光秀は伯父が道三方につき、美濃から追われる。京都の朽木谷で、都を追われていた足利義輝に仕えていた細川幽斎と出会い、親交を結ぶ。

 信長は桶狭間で今川を破る。光秀は越前に出向き、朝倉を頼るが越前は老大国になっていて光秀が活躍できる余地はない。
 信長は堺と京を見学して視野を広める。その後、信長は美濃攻略を試みるが義竜相手でうまくいかないが義竜は35歳で逝去する。
 光秀は細川幽斎らと足利家の勢威恢復を試みるが思うようにいかず、足利義輝は三好、松永に殺される。そこで奈良で僧侶になっていた足利義昭を引っ張りだし、甲賀の和田家に匿う。その後、越前金ケ﨑城に朝倉家が足利義昭に住居を提供する。
 信長は稲葉山城を攻略すべく、美濃国内に調略の手を伸ばす。木下藤吉郎が活躍する。光秀の足利家再興の悲願は、朝倉家ではらちが明かずに織田家に頼ることにし、光秀は織田家にも仕える。ここから信長の家臣としての明智光秀の活躍が始まる。
 信長は上洛し、将軍の館を京に作るが、光秀は信長に足利家再興などの気持ちが無いことがわかってくる。光秀は煩悶するが、足利義昭の性格・器量を知ると、信長が覇権を握るのが仕方無いと思い、忠勤に励む。
 足利義昭は反信長連合に暗躍する。越前攻め、その最中の浅井の離反での殿軍として木下藤吉郎と徳川家康と協力して窮地を脱する。浅井との姉川の戦い、比叡山の焼き討ちなど光秀も参加した戦いの話が続く。
この間、比叡山の焼き討ちや、浅井長政などの髑髏の杯などで光秀は心の中で信長への反発を強めていく。
 信長は古くからの家臣を追放していく。いつか自分もと光秀は考える。また荒木村重が叛旗を翻した後の荒木一族へのむごい仕打ちに心を痛める。
 謀反前後の光秀の行動や、そこにおける心の動きなどは、司馬遼太郎の小説らしく巧みである。

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