「司馬遼太郎全集10 国盗り物語(前編)」 司馬遼太郎 著

美濃の斎藤道三の物語である。後編がその娘婿の織田信長の話となる。さて斎藤道三は近年の研究によって、斎藤道三一代で美濃の国主になったのではなく、古文書「六角承禎条書写」によって、その父の長井新左衛門尉(別名:法蓮房・松波庄五郎・松波庄九郎・西村勘九郎正利)との父2代にわたるものではないかという説が有力となっている。

司馬遼太郎がこの小説を書いたのは昭和38年~41年は、この史料が出るちょっと前であり、従来からの通説を使って、道三一代での国盗りとしている。常識では考え難い国盗りだが、小説では女性の力を上手く使うように設定して、説得力のあるストーリーとしている。女性との絡みは司馬遼太郎の読者サービスであり、司馬の他小説でも使う小者(今回は忍者ではないが同様の能力を持つ)の赤兵衛、耳次、杉丸などをうまく登場させて場面を運ぶ。

当初は日蓮宗妙覚寺で法蓮房と名乗り、智恵第一と言われた者だったとの設定からはじまる。寺を出て還俗し、松波庄九郎(北面の武士松波家の一族というのも系図に書いてもらったようにしている)となり、寺からついてきた赤兵衛を家来にして乞食のような暮らしをしている時に盗賊を退治することから小説ははじまる。
その盗賊は京の大きな油問屋奈良屋の隊商護衛隊長を殺していた。それで奈良屋につながりをつけて、奈良屋の若後家お万阿と知り合い、昵懇となる。油問屋を大きくしていくが、商売をやり過ぎて他の油商を敵に回す。当時は油は大山﨑八幡宮が全国の油商に商売許可を出す元締めで油座を形成していた。結局、奈良屋を潰して、新たに山﨑屋となり、山﨑屋庄九郎となる。奈良屋を結局は乗っ取った形になる。ただお万阿は生涯大事にしていた。

商売の間、諸国の事情を探り、美濃に目をつけて、美濃に乗り込む。美濃の日蓮宗常在寺の日護上人は守護代長井利隆の実弟であり、法蓮房時代の弟弟子である。日護上人が兄の長井利隆に推薦し、利隆に信頼され、利隆が仕えている土岐頼芸(現守護の弟)に近づく。
美濃の名族西村家を継いで西村勘九郎となる。この間、山﨑屋の財力を賄賂に活用していく。

頼芸との座興の中で槍の芸(庄九郎は槍の達人)を見せ、頼芸の愛妾深芳野を拝領する。この時、深芳野の腹には頼芸の子が宿っていた。
それから美濃の府城であった川手城を奪い、守護の土岐頼政頼を越前に追い、長井利隆の推薦で、長井新九郎利政になる。
その後、長井家の宗家の長井藤左衛門を討つ。美濃の地侍が立ち、窮地に陥ると元の坊主になると言って道三となる。日護上人がなんとか収めてくれる。

尾張の織田信秀がたびたび美濃に侵入し、これを破ることで美濃の地侍の信頼を得ていく。明智の娘小見の方を、後に正室にするとの約束で養育し、正室にした後に、娘(濃姫)が生まれ、これが織田信長の室となる。明智光秀とも縁ができるという想定である。

土岐頼芸の命で美濃の名族:斎藤氏を継いで斎藤左近大夫秀竜となる。そして自分の城として稲葉山城を設計し、城下町を形成する。当時は武士は常には領地で生活していたが、それを城下町に集め、軍事機動力を高めることを考える。(後に信長が実施)

土岐頼芸の子の小次郎頼秀も反乱するが、これを追い、斎藤山城守利政と改名する。そして頼芸を美濃から追う算段をはじめ、追放する。
尾張から濃姫をもらいたいとの使いがくる。庄九郎も老いを覚えてくる。ここで前編は終わる。

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この記事へのコメント

しし
2020年07月23日 15:43
はじめまして。唐突なコメント、失礼致します。

司馬遼太郎全集第35巻(翔ぶが如く1)の記事を拝読致しました。特徴や流れがとても分かりやすく楽しかったです。
そこでと申しますのもおかしいのですけれど、もし宜しければ、35巻(1)と38巻(4)、それぞれのはじめの章と終わりの章の名称をお教え頂くことは難しいでしょうか?
(第35巻のはじめの章は、「はじめに」という名称だと聞きました)

失礼なことを致しまして、申し訳ありません。お気にさわりましたら、どうかご容赦くださいませ。
もし、お気が向かれたら、お返事下さると幸甚です。