「司馬遼太郎全集7 幕末」 司馬遼太郎 著

司馬遼太郎全集7に収録のもう一編である「幕末」である。幕末に生じた暗殺事件を12取り上げている。当初は「幕末暗殺史」というタイトルで発表されたようだ。司馬遼太郎はこれらの物語を書く中で、運良く維新後まで生き延びた人物にシニカルな目を向けている。三流が生き延びて、栄爵を受けたという感じである。

冒頭は「桜田門外の変」である。水戸藩以外から参加した薩摩藩士有村治左衛門兼清が主人公である。薩摩藩と水戸藩のつながりとして、日下部伊三次の遺族が登場する。日下部は元薩摩藩士で、事故で脱藩し、水戸領高萩で私塾を開いていた。水戸の烈公に知られて、水戸藩士になる。日下部は水戸と薩摩の接着剤の役目をつとめる。日下部は安政の大獄で捕まり牢内で衰弱死する。長男も牢死し、未亡人と娘が残されていたという設定で、その娘と有村との恋愛が描かれる。本懐を遂げて有村は死に、後に娘は有村の兄の俊斎と結婚する。日下部家の原姓の海江田を名乗り、維新後海江田武次として子爵になる。
司馬遼太郎は暗殺は嫌いだが、桜田門外の変は時代を変えた暗殺事件と評している。生き残って栄爵を受けた海江田武次への皮肉も感じられる。

「奇妙なり八郎」は新撰組の母体となる浪士団を結成して京都に出向き、奇妙な動きをした清河八郎が見廻り組の佐々木に暗殺された事件である。清河八郎(庄内の豪農出身)の所持する無銘の兼光は剣相術でいうところの七星剣で、持ち主は王者になるという卦があり、それに影響されたように清河は行動して、斃されるという物語にしている。

「花屋町の襲撃」は坂本竜馬を暗殺された海援隊が陸奥宗光をもとに仇討ちをする物語である。十津川郷士の中井庄五郎(居合の達人)に参加を求め、はじめは新撰組原田左之助を狙い、その内、船舶の衝突事故で竜馬に苦汁を吞まされた紀州藩の三浦休太郎が黒幕と思い込み、襲撃する。三浦は新撰組に守られていて、襲撃は失敗する。

「猿ヶ辻の血闘」は会津藩から密偵の役割をもらった藩士大庭恭平は、薩摩の人斬り田中新兵衛と知り合う。新兵衛は深酒をしていた時に姉小路公知の用心棒の吉村右京と私闘があり、苦汁をなめていた。姉小路少将は勝海舟に出会い、過激な攘夷論から脱却しつつあった。それを過激派浪士は許せないとなり、御所の猿ヶ辻で襲撃し、そこに田中新兵衛の刀の鞘を置き忘れたように工作して、新兵衛は取調中に自害する。薩摩藩離間工作である。

「冷泉斬り」とは絵師の冷泉を過激派浪士が襲う事件である。絵師の妻が美貌であり、暗殺者たちとそれを護衛する側の者が、冷泉の妻との絡む中で、物語を進めていく。

「祇園囃子」は十津川郷士の浦啓輔が主人公で、彼は郷里を出奔する前に、師の娘とできてしまう。京で土佐藩士山本旗郎と知り合い国事に奔走する。長州藩の意を受けて山本は、水戸藩の勤皇の論客住谷寅之介を斬るように浦に持ちかける。暗殺後に、浦は後味の悪さと、京都に自分を追いかけてきた師の娘(懐妊した)が嫌で京都から出る。山本は京にいたために殺害犯と知れる。明治になり、住谷の息子2人が山本旗郎を仇討ちで斃す。浦は早くに京都を離れた為に、下手人とは思われずに維新後は横浜の貿易商の手代となる。

「土佐の夜雨」は吉田東洋暗殺事件である。暗殺者の一人那須信吾と吉田東洋との出会いから、東洋に下横目として使われていた岩崎弥太郎を登場させて、物語に膨らみをもたせて記述している。

「逃げの小五郎」は但馬出石に潜伏した桂小五郎の潜伏生活ぶりを出石藩堀田半左衛門と出会いから書きはじめ、京都の池田屋事件、蛤御門の変の時の桂の逃走ぶりを芸者幾松(後の木戸孝允夫人)も登場させて描写していく。維新後は桂(木戸)は光彩が無いと司馬は皮肉的に書く。

「死んでも死なぬ」は英国公使館焼き討ち事件を起こした伊藤俊輔と井上聞多のことを描き、特に女好きで、どこでも糞をするような聞多の生命力の強さを描いている。聞多は明治期に大汚職事件を起こし、テロリストの伊藤博文は初代内閣総理大臣である。

「彰義隊胸算用」は彰義隊に参加した寺沢新太郎を主人公にして、天野八郎、渋沢成一郎をそれぞれ首領に仰ぐ派との彰義隊内の対立と、彰義隊と言っても江戸のゴロツキの集まりのような実状を描く。寺沢は天野派である。彰義隊の首領もそれぞれが百姓上がりであり、幕末の旗本・御家人は黒門口で戦死した大久保老人以外は腰抜けが大半だったことも書いている。

「浪華城焼打」は大坂城の焼打ちを企てた土佐脱藩浪士の物語である。もちろん事が途中で露見するのだが、主人公の大利鼎吉よりも脇役の田中顕助(維新後伯爵)が印象に残る。

「最期の攘夷志士」は、その田中顕助が鳥羽伏見の戦いに先立って、紀州藩への牽制の為に高野山で部隊を展開させる。その隊の参謀格に昔から攘夷の最前線で活躍していた三枝蓼、朱雀操、川上邦之助などがいる。その後、京都に隊は戻る。新政府は攘夷どころか諸外国と結ぶ。これに三枝は憤りを覚える。天皇に謁見する英国公使を三枝らは襲い、失敗して極刑を受ける。攘夷の主義から開国に転じた田中光顕のような者が爵位をもらい、妾を侍らすのが明治政府。

全て小説だから、どこまで真実かはわからないが、維新で生き残って栄爵を受けた志士は三流という司馬遼太郎の史観が出ている。