「教科書には書かれていない江戸時代」山本博文 著

面白い本であり、本当に教科書には出てこないような江戸時代に暮らした人の生活、行動、考え方などをわかりやすい文章で記述されている。私はこの人の文章は好きだ。
本の構成は”第1編 武家の世界”では、章が「1.武士の稼業も楽じゃない」、「2.参勤交代の経済学」、「3.武士の黄昏-幕末期の武家」になり、”第2編 庶民の世界”では「1.多様性のある江戸時代の都市」、「2.明日は今日より面白い」、「3.江戸時代は薬社会」となる。
”第3編 学問の世界”では「1.儒学者の時代」、「2.江戸に花開く最先端の「知」」、「3.蘭学者に対する弾圧」になる。

「1.武士の稼業も楽じゃない」では武士の行動原理を説明しており、<武士の一分>という非合理だが大事な思考様式があることや、廉恥心(恥を知る)を持ち、名誉心がバックボーンにある忠義、また悲しみを押し殺すような忍耐の精神を説明して、切腹の心をいくつかの視点から解いていく。旗本を例にした武士の出世コースの説明もある。
「2.参勤交代の経済学」では1日の距離は30㎞から40㎞歩く。多額の費用もかかるが、費用は江戸屋敷の維持の方が高い。随行の武士が全て本陣、脇本陣に泊まれるわけではなく、普通の宿にも泊まる。馬の宿泊料は人間の3倍程度かかるなどが理解できる。
「3.武士の黄昏-幕末期の武家」では旗本戸川伊豆守安愛の伝記を紹介している。それから天璋院篤姫の生涯を、薩摩藩の仙波市左衛門という人物の日記も織り交ぜて紹介している。それから大奥のことを書き、将軍家茂と孝明天皇の交流も書く。ともかく孝明天皇は異国人が日本に来ることを極度に嫌ったわけだ。清国の状況などを知っていた人は攘夷などできないことはわかっていた。開国して技術を盗んでから攘夷というものだった。
孝明天皇は慶喜も厚い信頼を寄せていたというか、頼りになるのは徳川家という感じであった。大政奉還を決断した背景に、当時、京都に薩摩藩士がたくさんいたことにある。ただ京都にいたからと言って薩摩が挙兵するということではなかった。

第2編 庶民の世界「1.多様性のある江戸時代の都市」では全国に260藩があり、2万石以上が城を持つ。人口3万人くらいの都市は3万石の城下と考え、門前町、港町も発展していた。酒田の本間家は北前舟の交易で財産を築く。冨山は薩摩から琉球の薬種を仕入れていたことなどが記されている。
「2.明日は今日より面白い」で景気の変遷を書いているが、元禄時代は好景気。次の将軍から吉宗の時代は緊縮の時代。宝暦から明和、安永、天明までが田沼意次の好景気。女髪結いは明和・安永頃からとか、江戸の見世物興行、園芸などのことにも触れている。
旅行も大人気で、飛脚問屋は金も運んだこと、為替制度もできていたことを記す。

第3編 学問の世界では「1.儒学者の時代」江戸時代は薬が大事で、儒者が医者も多く、また家伝の薬(寺院、武家、医家)も人気だった。「2.江戸に花開く最先端の「知」」では儒学者など学者を簡単に紹介。特に熊沢蕃山を取り上げている。池田光政が非常に学問好き。閑谷学校もつくる。後に蕃山とあわなくなる。次の池田綱政は学問が嫌いとある。
伊藤仁斎や荻生徂徠は実証的な学問であった。
そして西洋文明の脅威が認識されるようになる一方で、「3.蘭学者に対する弾圧」が鳥居耀蔵を中心に行われたことが記される。

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