「美の猟犬 安宅コレクション余聞」伊藤郁太郎 著

この本は安宅産業で、安宅英一氏に仕え、安宅氏が美術品を蒐集する時に補佐していた著者が、安宅氏の思い出、人柄、蒐集態度、蒐集の裏話などを書いた本である。実際の安宅氏のコレクションである中国陶磁、朝鮮陶磁の名品の写真と解説もあり、そこは美しく楽しい。

「美の猟犬」とは安宅英一氏のことかと思い、違和感を感じていたが、著者の伊藤氏のことなのだろう。安宅英一氏という主人に忠実に仕え、主人が獲ろうとしている獲物(美術品)確保の手伝いをする。もちろん、優秀な猟犬である。

安宅英一氏は安宅産業の創業者安宅弥吉氏の長男で、後に社長にはならずに会長等を歴任した。
自身もピアノを学び、英国に派遣されていた時にも学んでいる。後には若手音楽家を支援し、東京芸大には安宅賞奨学資金を寄贈している。

武智鉄二と親交があり、武智が蒐集していた速水御舟の作品を一括購入する時に、会社の資金を会社で出すことを決めて、以降、安宅コレクションは充実していく。(だから安宅産業が倒産した時に、会長の美術品道楽に一因と批判される。しかし私は思う。現在、安宅の名前が尊敬の念を籠めて語られるのは、世界に冠たる安宅コレクションがあるからだ)

安宅コレクションの内、速水御舟の作品群は山種美術館に有償譲渡されて、山種美術館の目玉として保管・展示している。大元のコレクターが武智鉄二だったことは、この本で知った。
東洋陶磁の方は、住友銀行主導の住友グループ21社が大阪市に基金を寄付して、それで安宅コレクションを買い取り、また大阪市立東洋陶磁美術館を建設して保管・展示をしている。著者の伊藤氏は館長に就任している。住友銀行も評判の悪い面もあるが、このように立派なことをしている。

安宅氏の人柄で印象的なのは寡黙、おじぎが非常に丁寧で美しい、欲しい美術品を蒐集する為の熱意・執念である。また有力骨董店に自ら出向いて何気なく情報収集する態度である。愛好家に蒐集した品物を見せる時は、その展示の順序等まで気を配っていることである。また展覧会での展示の時は、見せる面等にも神経を使ったことが記されている。
ともかく、良い骨董商が付いて、欲しいものには金に糸目をつけずにという態度でないと名品は集まらない。

「図版・解説」にコレクションの名品がカラー写真とともに掲示されているが、写真だけ観ても素晴らしいものである。この30頁だけで楽しい。

猟犬こと伊藤氏の就職した時の様子、折に触れて安宅英一氏に試されるような様子が記されているが、私なら、とうてい勤まらない役割である。
日経新聞社長の圓城寺次郎氏のこと、それぞれの名品の蒐集エピソードなども興味深い。