コートールド美術館展 於東京都美術館

コートールド美術館とはイギリスのロンドンにあり、レーヨン製造で富を築いたサミュエル・コートールドが蒐集した美術品を基本財産としている。
印象派とポスト・印象派の作品がメインのようで、今回の展示ではマネ、セザンヌ、ゴッホ、ルノアール、モネ、ピサロ、シスレー、スーラ、モディリアニ、ロートレック、ドガ、ゴーガン、ボナール、ロダンなどである。
この美術館は、美術史や保存修復に定評のあるコートールド美術研究所の展示施設という位置づけであり、絵画の技法、背景、画家の意図なども調べており、本展覧会でも、そのような視点で、展示作品を「1.画家の言葉から読み解く」「2.時代背景から読み解く」「3.素材・技法から読み解く」に分けて見所を解説するような展示をしている。

セザンヌでは「大きな松のあるサント=ヴィクトワール山」など風景画は5点の展示だが、”様々な緑の使い方が美しい”と思う。そしてその中に茶、オレンジ系で木々を入れたりしており、これは緑の補色関係にあって、お互いの色を引き立てていると気が付く。
セザンヌは他にも重要な作品が4点、展示されており、その中の「カード遊びをする人々」は同じような構図の作品が他にもあるが、解説にトランプ遊びをしている2人の座高が異常に高いとあったが、改めて見ると「成る程」と思う。
「パイプをくわえた男」も印象的である。「キューピッドの石膏像のある静物」はキュビズムに前駆する作品で興味深い。またセザンヌの手紙も展示してあった。

マネも重要な作品も含めて3点の展示がある。「フォリー・ベルジェールのバー」は鏡の前のバーカウンターに女性のウェイターが立ち、後ろの鏡に店内の様子などが画かれている。その鏡への映り方が不自然なのだが、X線か赤外線は忘れたが、それで分析して当初の絵、絵の位置と塗り直した後の関係などを分析している。当時のパリの風俗=やや退廃的な雰囲気を感じる。またマネという画家は人物を配する構図に新基軸を出した画家なのかなとも感じた。
「草上の昼食」はオルセー美術館所蔵品が有名だが、それと同じ構図の作品だ。森にピクニックという当時の風俗に、男女3人の内、女性が全裸という一種の退廃を感じる。オルセーの作品より小さいサイズで、筆が堅いような感じである。

ルノワールも彫刻も含めて6点ほどあり、中には風景画もあり珍しい。「桟敷席」はオペラの桟敷席の風景を、見上げる構図ではなく、逆に少し上から観るような構図で、着飾った女性と、オペラグラスで他の桟敷席を見る男性が描かれている。この女性がどのような人かわからないが娼婦のような感じもする。
「靴紐を結ぶ女」はいかにもルノアールらしい肌にやわらかい赤味を帯びた少女である。

ゴッホの「花咲く桃の木々」は日本の浮世絵風景画のように、遠景に富士山のような山、前面には桜を思わせる桃の花が咲き誇る果樹園を描いている。

ドガの「舞台上の二人の踊り子」における踊り子は、躍動感がある。画面の下部に何もない舞台を広く取っている構図が新鮮である。なおルノアールと同様にドガは彫刻も作っているが完成したのは少ないとある。オルセー美術館で踊り子の彫刻にバレエの衣装を着せているのがあったが、ルノアールにも彫刻があるように、この時代は画家と彫刻家の垣根も低かったのだろうか。

ロートレックの「ジャヌ・アヴリル、ムーラン・ルージュの入口」はモデルの女性は当時のパリで有名な女性だったようだが、悪意を持って描いたようで、えらく歳をとっているような女性になり、顔も美しくない。縦に筆を使った跡が目立つ。

モディリアニの「裸婦」は、平面的な筆致で縦長のキャンパスに描かれたデフォルメされた裸体なのだが、顔と身体が違った筆致で面白い。

スーティンの「白いブラウスを着た若い女」はスーティンらしい女性の表情で、「また、この顔か」と思うのだが、私は好きだ。

ゴーガンも4点出品されていて、フランス時代の風景画からタヒチを描いた「ネヴァーモア」(寝そべる裸婦の眼が気になる)と「テ・レリオア」(床に座り込む人物2人の姿態が印象的)も展示されており、見応えがある。以前はゴーガンには関心が無かったが、最近は何か気になる画家である。

ルソーの小品「税関」は、ルソーの前職の職場を描いたただ1点の作品とのこと。

絵に付けられている額が、所蔵者コートールドの好みなのだろうが、私はあまり好きではない。
<コートールド美術館展の案内ページ>
https://courtauld.jp/contents.html

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