「日本刀の華 備前刀」展 於静嘉堂文庫美術館

刀剣の畏友H氏と標記展覧会に出向く。ここは備前刀に良いものがある。それは明治の大鑑定家今村長賀をアドバイザーとして岩崎家が集めたからである。今村長賀は正宗抹殺論側に与した人物で、備前刀を最上位の刀剣とし顕彰している。

刃文を観るのに苦労した。太刀として、刃を下に展示してあり、H氏としゃがみ込んで拝見した。年寄りに、こんな格好を何度もさせないで欲しい。
なお各刀剣の前に、刀の図に該当部分を示して、そこに作風の特徴(例えば「錵づいている」とか鋩子部分を「枯れて乱れ込む」など)を示して、拝観する人の便宜を考えている。ただし「板目肌が渦巻いている」というような表現があったが、これは杢目肌のことだとH氏に言う。「枯れて」という表現も違和感を感じる。

刀剣女子を意識しているのか知らないが、刀にキャッチコピーのような表現をつけて紹介しているのは、私のような人間にはいただけない。「イケメン大名、本多平八郎の所持銘入り」「長船鍛冶の総帥、華麗なる一振」というようなものだ。

今日は幸いなことに刀剣女子はほとんどおらず、老年の夫婦、老女のグループ、中年女性のグループ、中年女性の一人、老人男性が一人などだ。刀剣展のほかに、国宝の曜変天目茶碗が展観されていた為でもあると思う。

帰宅して思うのは、今は古備前とされている刀工の作風も、長船長光と同じような直丁字風の刃文、そして物打ちから先の刃文が少し寂しくなるような作風のものもあり、せっかく、これだけの備前刀があるのだから、そういう研究に着手したらどうかと思う。

嘉禎の友成も展示されていた。これは、この通りに嘉禎の時代(1230年代で福岡一文字と同時代)でいいのではなかろうか。そうすると源平合戦時(1180年代)に友成を使って戦ったという武将の話は何なのかとなる。
H氏は友成は時代ごとに何人かいたのではおっしゃるが、信国以前に長光も含めて襲名の風習は無かったという説をとると矛盾してしまう。刀剣はわからないことがある。

反りも、鳥居反り(京反り)の太刀から、腰反りの太刀まで様々である。磨上げでも感じは違うし、反りを後世に直したなんて話をすると、混乱に拍車がかかる。反りで時代判定ができると豪語している鑑定好きに整理してもらいたいところである。(前述した古備前刀工の時代見直しに関係する)

以下は個別の太刀の話になる。入口に古備前高綱の太刀が展示されていた。作為の無い細かい小乱れ刃で、小錵出来の、いかにも古備前という健全な太刀であった。朱塗り鞘に、細い柄糸を間隔を空けて片手巻きにして目貫も良く見えるような柄の打刀拵が付いていた。

印象に残ったのは”包”が付く刀工の作品だ。古備前吉包は直調に頭を揃えた丁字刃が明るく冴えて、物打ちから上は長船長光と同様に小模様だ。

一文字信包の太刀もいい。刃幅もたっぷりあり、大ぶりの刃文で大互の目で、ハバキ元に濃い映りが出ている。匂口も締まって明るい。この太刀には時代の上がりそうな桐文の金具が付いた黒呂色鞘の風格のある拵が付いていた。

一文字包家の太刀は珍しいが、直丁字の刃で映りがよく出た刃で健全である。

”包”が付かない御刀では、一文字吉房は華やかな刃文で、いかにも全盛期の福岡一文字という太刀だ。なお解説に吉房、信房、則房は”備前の三房”と言われているとあったが、私ははじめて知った言葉だ。”古備前の三平”は知っていたが。

一文字守利は本多平八郎の息子の所持銘が金象嵌で入っていたが、豪快で健全な立派な太刀である。

長船真長の小太刀と長船景光の太刀は元に濃い映りが帯のように出ていた。乱れ映りが乱れずに連結したような映り、棒映りの棒が太くなったような映りである。真長は華やかな刃文で、逆丁字刃も含めて、色々な乱れ刃が交じり、楽しそうな出来である。
景光も健全で直丁字刃の立派な太刀である。

雲生は3尺に近い太刀で、直調に互の目刃が交じり、長光後期作のように見える。鑑定会の判者も勤めるH氏に「こういうのは同然にするのですか」と聞く。
雲次には二重刃が見える。葵紋の糸巻太刀拵が付いている。

刃は見えないが、草壁打ちの勝光・宗光合作の大身槍が展示されていた。珍しいものである。

刀装具は後藤家の代々の作品が各代2点ほどずつ展示されていた。いずれも立派な健全な作品だ。あとは後藤一乗の作品が多く展観されていた。後藤上代の作と比較すると”軽い”感じだが、時代の差なのであろうか。

曜変天目茶碗は稲葉天目と号されている国宝である。自然光が入る入口脇の庭園に面した空間に一つだけの展示であり、趣きがあった。本当に油滴のように周りが虹色に輝いている滴が2~3ずつ茶碗の中に散りばめられていて玄妙な感じがする。外側は釉薬がかかっていないような肌だが、H氏に伺うと、釉薬はかかっていて、それが垂れたような痕跡もあるとのことだ。不思議な焼き物が出来たもんだ。昔、もの凄い価格で落札したようだ。

行き帰りはH氏と二子玉川駅まで歩くのだが、いつも道を少し間違える。こういうことも運動だと思って歩く。



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