「若林かをり フルーティシモ!plus」 於すみだトリフォニーホール

昨夜は標記のフルート奏者の演奏を妻と聴きに行く。寒い夜だった。最近は夜出向くこともなかったが、夜遊びをする人は寒い中、大変だと思う。

曲目は全て私が知らなかった曲ばかりである。カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの「ソナタ イ短調 Wp132/H562」、ヨハン・セバスティアン・バッハの「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」、サルヴァトーレ・シャリーノの「フェニキアのイメージ」、ペロティヌスの「祝福されたる子よ」、スティーヴ・ライヒの「ヴァーモント・カウンターポイント」に休憩を挟んだ後のルイジ・ノーノの「息づく清澄」である。

ルイジ・ノーノ「息づく清澄」は現代音楽である。フルートだけでなく、合唱団による合唱と、電子音響という組合わせで演奏される。合唱も意味のある言葉(歌詞)を歌うのではなく(意味があるのかもしれないが当方にはわからない)、各音程を担当する12人(ヴォックスマーナというグループ)が指揮者に合わせて、ある音を強く、あるいは弱く、また長く、さらに長くと発するものだ。それに合わせてフルートもメロディを演奏するのではなく、ある音からなる短い旋律を強く、あるいは弱く演奏する。そこに繰り返しのリズムの電子音(有馬純寿氏)が流れるという音楽である。
宗教音楽、日本で言う声明(しょうみょう)のようなもので、私は興味深かったが、妻はこういうのはダメだと言っていた。ともかく、このような実験的な音楽もあることを認識した。

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ「ソナタ イ短調 Wp132/H562」はフルート演奏がぶつ切りのような感じもして私の好みではない。18世紀前半の作曲家の作品である。

ヨハン・セバスティアン・バッハ「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」はバッハらしく、パートごとに同じ旋律が繰り返し演奏されていく。解説によると元はオルガン独奏の為に作曲されたとある。

サルヴァトーレ・シャリーノの「フェニキアのイメージ」はフルートをまるで打楽器のように使うアフリカの音楽のようだった。現代音楽の作家とのことだ。私のイメージのフェニキアは海洋国家であるが、これはアフリカだ。

ペロティヌス「祝福されたる子よ」は私にはオリエンタル風に聞こえた。解説によると1220年という古い時代に聖堂でのミサの行列の時に演奏された曲とある。

スティーヴ・ライヒ「ヴァーモント・カウンターポイント」はフルートに加えてリズム的な電子音が聞こえる演奏である。事前にフルートの演奏が録音されていてそれが流れていると解説にある。それら録音も相俟って同じような旋律が繰り返し演奏されていく感じを持つ。

意欲的なフルート奏者なのだと思う。
観客を見渡すと、若い人、中年の人が多く、最近出向く老人ばかりの会とは違っていた。また男性も多く見かけた。
トリフォニーホールの地下の小ホールははじめて出向くがこじんまりして聴きやすいと感じるが、トイレが狭く、休憩時に軽い飲み物を提供する場所に人が一人しかおらず、行列となっていた。

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