「鎖国前夜ラプソディ 惺窩と家康の「日本の大航海時代」」上垣外憲一 著

面白い本だが、内容が濃く、読むのに骨が折れた本である。読破しても十分に理解できたとは言えないと感じる。
藤原惺窩とは林羅山の師で、儒学者であるが、儒学、特に朱子学だけの儒学者ではなく、当時の陽明学的な儒学にも関心を示し、また若い時は禅宗で修業し、西洋の学問にも理解を示していた。また家は冷泉家の子孫であり、日本の歌学、日本文学にも造詣が深かった。
外交交渉にも参加し、中国商人との付き合いもあった人物である。

林羅山も、明国も奉じた朱子学は教条主義的になるが、藤原惺窩の学問は、彼を経済的に支援した角倉素庵に与えた「船中規約」に書かれているように、貿易は人と己の双方を利するとして高く評価し、貿易は利益が義と出会う場所とした。だから戦争とか海賊行為は自分だけが利をえる行為として反対した。また中国の貿易のような華夷秩序の考え方ではなく、どの国にもそれぞれの民俗があり、寛容の気持ちで尊重すべきと書く。鎖国時代の前の自由貿易、啓蒙思想を唱えた人物というわけだ。

藤原定家の12代の孫である。7、8歳で仏門に入る。播磨竜野の景雲寺で、禅とその修業をし、漢文、漢詩の五山文学を学ぶ。連歌の素養もあった。18歳の時に、藤原家の領地だった播磨細河荘を領していた父が別所氏によって戦死している。領地の再興を秀吉などに嘆願しているが、実現はできなかった。

当時の禅僧は今川の大原雪斎、毛利の安国寺恵瓊など軍師として活躍した人物も多く、立身出世の道でもある。
また、貿易において語学ができる人物としての役割もあった。藤原惺窩も家康の外交僧の西笑承兌から明への勘合船の専対(船団の取り仕切り)にならないかとも誘われる。明に渡りたく、色々画策するが、秀吉の朝鮮出兵などで実現できなかった。朝鮮出兵による明人、朝鮮人の捕虜からの知識や、向こうの出版物がもたらされたことも藤原惺窩の学問に資する。

徳川家康も反鎖国的な思想だが、徳川家康は武器、科学技術=実利を求めた自由貿易であり、軍事技術、鉱山技術、航海技術の取り入れに熱心だった。

藤原惺窩も徳川家康も、ともに戦国時代から平和な時代を志向したが、藤原惺窩が理想主義なのに対して徳川家康は現実主義とも言える。

藤原惺窩の撒いた思想の多様化が、伊藤仁斎の古学、荻生徂徠の古文辞学などを生み、そういう思想の自由が日本の近代化に資したとする。

この本には当時の知識者層の名前が多く出ており興味深い。また当時の貿易(密貿易)の状況も詳しい。薩摩の密貿易や、輸出・輸入商品の硫黄、硝石という火薬のことも詳しい。

室町日本は禅を基本精神とし、それで大いなる自由をもたらすが、代償として政治は不安定となった。臨機応変の考え方でもある。その結果、自由貿易、倭寇(海賊)の時代だった。
このように、禅宗は個人のことが中心で、社会に対する思想はない学問である。一方、儒教の特徴は「義」「理」というのもなるほどと思う。大義が大事になる。



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