「いまなぜ青山二郎なのか」 白洲正子 著

骨董の目利きとして名高い青山二郎のことを、彼の弟子でもあった白洲正子が書いた本である。青山二郎は小林秀雄など文壇の骨董好きと交流していた。こう書くよりも、文壇の骨董好きが青山二郎に師事していたと書く方がいいのかもしれない。そのような青山二郎の思い出が中心であり、そういう中に彼の骨董に対する考え方や美についての考え方などに触れている。

骨董蒐集にすぐに役立つことが書いてあるわけではなく、次のようなことが書かれている。もちろん一部の抜粋にすぎない。そして、これらは青山二郎が言ったことだけでなく、白洲正子の考え方でもある。

「初期の民芸はそれなりに面白いが、だんだん良く無くなってくる」というのはわかる気がする。民芸家が権威を持てば民芸の精神では無くなるわけだ。これは利休が言った「自分が死ねば茶は廃れる」と同じことなのであろう。」
白洲正子は赤瀬川原平の『千利休』を鑑賞から入った青山二郎と同様に、利休の精神を、今の茶人以上に理解していると評価している。

「中途半端な教養ほど身を誤るものはない。「野狐禅(やこぜん)」と、昔の人は巧いことをいった。」
これもこの通りだと思うが、どこまで身につければ中途半端でなくなるのが見えない。だから教養は、このような鑑賞には無意味と言っているのだろうか。

「20数えてから物をいえ」、御説もっともである。上と同様な趣旨だろう。

青山二郎は「何だこんなもの、夢二じゃないか」と馬鹿にするようだ。真意は、夢二のように美に憧れている、頭脳の所産ではないか」ということのようだ。
夢二にはこういう面もあるが、夢二の油彩などには良いものもあり、ここまで言うのはひどいと思う。

細川護立と青山二郎がお互いに「あんな奴に何で美がわかるか」と言っていたそうだ。片や刀剣界でも名高い肥後熊本藩主の末裔である。白洲正子は細川氏を「美を鑑賞する人」とし、青山二郎を「美に生きた人」と書いて、お互いに理解しえなかったことを記している。

「自分のものにしたいという欲求は、恋愛感情に似ているが、骨董いじりは女道楽よりも高級でも下等でもない。しばらく持っていると新鮮味を失うも女に似ている。」
だから何なのだと私は思うが、この通りだろう。

「写真で見れば解る鑑賞陶器から、写真で見てもわからない陶器の神髄、いわば形の中にある魂を求めた。」
なるほどと思うが、誰でも買う人は内心でこのように思っているから高い金を出して買うのだ。

「骨董は買ってみなければわからない、(青山二郎は意外に執着することなく、売ってしまうことを踏まえて)青山は物との出会いの瞬間を大切にしたのではあるまいか」と書いている。

青山二郎は意味深長を嫌う。精神は尊重したが、精神的なものは認めなかった。意味も精神も形に表れると信じていた。

このような言葉は面白いが、それを味わうには私のような読み方ではなく精読すべき本なのであろう。

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この記事へのコメント

まあちゃん
2017年02月25日 11:28
白洲正子の著作の中にあったこの「いまなぜ青山二郎なのか」には、口絵写真が付いており、青山二郎の独特な人柄が見て取れそうな、老鷹のごとき風貌でした。他にも彼の買った確か茶碗(志野)があって、これも見るからに高価そうな骨董で、彼は、飛び込みの女弟子(正子)の審美眼をいいように育てる、不思議な、お爺さんの印象でしたっけ、その茶碗のスケッチ(青山作)もあり、生々しい感じです。

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