「闇を裂く道」 吉村昭 著

この本は丹那トンネルを開通させた物語である。小説というよりドキュメンタリーみたいな形式であり、大半の登場人物は実名とのことだ。
丹那盆地の下を通るトンネルで、この盆地は往古の火口の跡とも、湖の跡とも言われていて、湧き水に恵まれ、水田だけでなくワサビ田も多くあった場所という情景が冒頭に来る。人情も良く、調査の時に対応してくれた人々の暖かさに感激して丹那山トンネルという名称にしたということも書かれている。後に色々な事故があり、難航した時のクレームで、山ではないということで丹那トンネルとなる。
ただ、この導入部は、何となく、この豊かな水が枯渇するのではないかということをわからすような記述だ。

トンネルは2本のレール、すなわち複線が通る大きさで計画された。それまでは単線の大きさのトンネルが多かったから技術的には困難が増す。また長さも当時としては日本一の長さである。
加えて、トンネルを通す地盤が火山性の土壌も多く、非常に悪い地盤で、湧水も多かった。そのため、工事の途中で落盤事故が起こり、十数人が亡くなる事故を、両方のトンネル掘削口(熱海側と三島側の両側から掘る)で起こす。
この事故は死者も多かったが、感動的な救助の物語も生まれ、その時の様子は克明に書かれているが、感動的な物語である。
事前の予想では地熱の高さも想定されたが、それはそうでもなく、湧水が最大の悩みとなった。

その工事中に生じた多量の湧水は、丹那盆地の水源を枯渇させる。そこの住民の生活を著しく困難にさせ、その住民の訴えへの対応にも多くの紙数が使われている。豊かな自然を崩壊させたばかりか、人情も荒んでいく様子が書かれている。

そこに吉村昭は当時の世相(政治・経済・社会)を入れながら書いていく。第二次世界大戦に向かっていく時勢である。関東大震災にも遭遇する。そして、ちょうどここを断層とする大きな地震も起きて、トンネル内の壁が2.5メートルほどずれたことも記している。これは凄いことだが、トンネル内は地震に比較的強いことも書かれている。

予定の工期、工費を大きくオーバーする。その間、トンネル掘削技術も進化し、軟弱地盤での工事の工夫も生まれる。
最期は貫通するところだが、両方の口から掘削してきて1メートル以内の誤差で、貫通する技術の高さも記している。
貫通は大きな喜びだろうが、困難があまりにも大きかったので、読んでいてもホッとするような気持ちになる。
完成後に本格的に検討する住民に対する農業・生活の補償で、県の役人で、鉄道省と住民との間に立った人物が、大臣の前で、大臣の冷たい対応に怒って、自分の拳を骨折するほどに机に打ち付けるのも印象的である。




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