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zoom RSS 「黒船」 吉村昭 著

<<   作成日時 : 2016/02/12 15:29   >>

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この小説は、黒船が来航した時に通訳として立ち会った幕府通詞堀達之助の物語である。吉村昭の歴史小説は重厚で、対象人物の一生を共に辿るというか、生きていくような良さがあり、しみじみした読後感を持つ。

黒船が来た時に、その船隊を目撃した漁師などの動きから物語は導入される。この時堀達之助は、小通詞という役で浦賀奉行所に勤めていた。当時の幕府はオランダからの情報でアメリカのペリーの一行が来航するとの話は把握していたが、てんわやんわの騒ぎとなる。

中島三郎助(後に箱館戦争まで幕府に忠義を尽くし戦死)と一緒に黒船に出向き、立ち去るように伝える役目を負う。艦の下から、オランダ語がわかるペリー艦隊付きのポートマンに来てもらい、談判するが、艦隊は国書を持参して江戸に来たのだから、しかるべき人物でないと交渉しないと言う。そこで堀は中島を副奉行と偽って乗艦する。

談判の後に2人は艦内を案内される。アメリカ人は日本人が何も知らないだろうと思っている中、米艦にある地球儀上でワシントンの位置を示したりして驚かす。

堀は同じ長崎の通詞の家柄であった中山作三郎の子で堀家に養子に入り、オランダ語はもちろん、オランダ人から英語も習っていた。堀の養父がシーボルト事件の時に獄に入った逸話が入る。後に堀達之助もドイツ人商人とのやりとりの不備で一時は伝馬町の獄につながれる。この牢内での気持ちの揺れを記述する時に、養父の事件が重なり、物語に厚みを増す。

ペリーの初来日の時は、中島を咄嗟に副奉行と偽ったことが咎められるかと心配したが、この時は対応を評価される。

幕府の返事をもらいに、次ぎに黒船が来航した時も通詞として応接する。この時は英会話が得意な名村五八郎が下に付き、会話は名村の方が得意だが、英訳などは堀達之助の方が練達であった。

ペリー配下の者の無許可での上陸などの事件が起こって、堀は対処に駆け回る。その後、ロシアのディアナ号の事件(安政の大地震で座礁、船を戸田村で作り、また傭船で乗組員が本国に帰るなどの交渉)をする。

この後、ドイツ人のアメリカに傭われた船が来航し、その船長とのやりとりで、商人のドイツ人がドイツとも和親条約を結びたいとの文章を持参する。内容が一商人の思いつきのような文書であり、奉行に取り次がなかったが、ドイツ人は奉行宛に文書が届いていると思っていたことが後に判明して、堀が上司に届けずに握りつぶしたことで罪に問われ、4年入獄となる。この間に牢内で、安政の大獄で入牢する人物との交流などが書かれる。

この後、幕府の蕃書調所の頭取の古賀謹一郎の努力で出所して、そこで本格的な英和辞典を編纂する。

その後、箱館の勤務となる。アイヌの頭骨を墓所から掘り出したイギリス人の罪を問う、当時の箱館奉行小出大和守秀実のやりとりが紹介されているが、外人に卑屈になることもなく、堂々と追求する小出大和守の姿勢は立派である。
その後、職場として新政府側につき、榎本艦隊が来ると、青森に退避し、その地で再婚相手を見つけるが、数年で死別する。この小説の中で、急に華やぐところである。

その後、官を辞して、長崎に戻り、息子達に面倒を見てもらいながら余生を送る。息子の一人は五代友厚の友人で、五代の事業を手伝っている。

堀達之助の一生だが、動乱の幕末を通詞という職業から見た物語として興味深い。


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