「信長と消えた家臣たち 失脚・粛清・謀反」谷口克広 著

この本は織田信長の家臣、同盟者で、今の世ではあまり知られていない者の事績を紹介したものである。事績と言っても、大半が一時は活躍するが、後に失脚し、粛清されるということだ。もちろん自ら謀反を企て、討伐・滅亡された者も多い。明智光秀の前に何度も試みた人物がいたわけだ。そして、そのように謀反などを招きやすい信長の性格を推測している。

家督相続直後には、国衆の離反、親族や老臣の反抗があり、人物としては、山口教継、叔父信光、安房守信時、弟信勝、異母兄信広、犬山城主織田信清などである。

それから織田方の武将として、森可成、坂井政尚、氏家卜全、林新次郎、平手汎秀、三方原で散った5人を取り上げて戦死の状況を書いていく。抜擢されたが、失脚したり戦死した人物として、中川重政、塙直政、梁田広正、万見重元が取り上げられている。
天正8年には老臣の佐久間信盛、林秀貞、安藤守就(美濃三人衆)、丹羽氏勝が追放されている。

地方ごとの攻略戦でも多くの人物が横死している。朝倉滅亡後の越前では越前守護代前波(桂田)長俊、富田長繁、魚住景固、溝江一族、土橋信鏡などである。

伊勢の粛清も凄いものだったようだ。北畠一族を粛清し、神戸具盛、関盛信、津田一安も同様に粛清される。
近江では堀秀村、樋口直房、林員清、磯野員昌が粛清される。

加賀では能登国人の遊佐一族、温井兄弟を粛清し、越中では寺崎盛永、石黒成綱、神保長住を粛清している。
和田惟長(摂津)、三淵藤英(幕府奉公衆で山城伏見)、磯谷久次(北山城衆で近江志賀郡出身)も粛清される。

領主クラスだと浅井長政、松永久秀、三好義継、水野信元、松平信康、赤井直正(丹波)、波多野秀治(丹波)別所長治(播州三木)、荒木村重(摂津)などが謀反をおこしている。

このように多くの人物が登場するが、一人一人の事績の紹介が短いのであまり印象に残らない。

それより織田信長の評価の変遷が面白い。江戸時代は武士・庶民を問わずに人気がなかったそうである。敵味方を問わず他人に厳格で無礼かつ狭量で思いやりが無く、天性残忍で非道の死を遂げたのも当然という感じである。評価しているところは、これはという人材があれば登用、抜擢しているところ、また戦いにおける巧妙さ、敏速さは賞賛している。

明治になると、勤皇家としての評価が高くなる。ただ性格については江戸期と同様で、残忍酷薄、度量は狭量、わがままもの、気随ものとある。

太平洋戦争が終わってから、中世を終わらせた男、破壊と創造の鬼、革命児、天才と評価されるようになる。

客観的に分析すると、短気、気まぐれ、傲慢、残忍、他人に厳格と猜疑心が強い、執念深いという欠点を持ち、それが謀反を招きやすかったと分析している。

また明智謀反の顛末についても、簡単かつ的確に記している(四国の件、斎藤利三のこと、それに関連する怨恨)。諸説を粉砕している感じである。





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