司馬遼太郎短編「千葉周作」「英雄児」「喧嘩草雲」「天明の絵師」「蘆雪を殺す」

司馬遼太郎全集31所載の短編の内、その分野では有名な人物について記した短編を取り上げる。「喧嘩草雲」「天明の絵師」「蘆雪を殺す」は、おもしろいことに江戸後期に活躍した絵師についてである。

「喧嘩草雲」の主人公だけは、あまり有名ではなく田崎草雲(梅渓)という人物である。下野足利藩の足軽の子であるが、父と同様に内職で絵を描いていた。絵は富家のふすま絵や屏風などでそれなりに需要はある。この人物、絵も上手だが剣もなかなかの腕である。江戸で絵師の修業し、谷文晁にも学ぶ。自信家でもある。江戸で絵師仲間と交流する内に、このような性格だから刃傷沙汰を起こし、足利に帰る。時世が幕末動乱になり、人材がいない足利藩の舵取りを任せられるようになる。勤王の旗印を鮮明にして、商人・豪農に武士登用を持ちかけ、新式銃を購入させるという奇策で武備を充実させ、小藩ながら官軍として認知させ功績を上げる。この後、絵がいい意味で枯れてきて評価されるという話で面白い。

「天明の絵師」は、後に日本絵画において後に四条派という大河を造った松村呉春の話である。呉春は非常に器用な男で、商人としても成功はするし、横笛も上手いという者だ。もちろん絵も上手い。当初は与謝野蕪村に絵を習う。蕪村の絵は心が出るが、呉春は形だけというところだ。蕪村の娘との感情の綾も小説らしく折り込みながら筋は進む。師匠:蕪村の死後も器用な絵師として師家の生計を助けている。そこに天明の大火である。ここで円山応挙を知る。応挙は呉春の絵を認めていて、「あなたの絵は写実が向く」と助言する。呉春は応挙に師事するが客分として遇される。ここで応挙風の写実画を描き、多いに繁昌するという話だ。

「蘆雪を殺す」は応挙門人で、不羈奔放な長沢蘆雪の話である。蘆雪も剣技を学んだことがある。丹波亀山候の家来が藩公の指名ということで蘆雪に絵を頼む。この家来はなまじに絵が好きなものだから、蘆雪に応挙同様の絵を求める。蘆雪は自分らしい絵を描き、この家来に恥をかかせる。蘆雪があるときに、辻斬りに狙われる。この家来の縁者の恨みかとも気をまわす。その後、その家来の縁者でやはり絵を学ぶ者がいたが、この者に狙われると思い込みながら、変死するという変わった話であるが、蘆雪の性格、画風が想像できるような短編になっている。

「千葉周作」は有名な剣客であり、その伝記を小説にしている。大きな男だったようで、上州で千葉周作の名前が高まり、門人が増える経緯から小説は始まる。上州で勢力を伸ばせば、当然に上州の剣術:馬庭念流との間で争いが起きる。千葉の北辰一刀流と馬庭念流との教え方の違い(北辰一刀流は竹刀を使い、教え方が科学的)を際立たせる。そして、伊香保に千葉門流が武道額を掲げる件で争いがおこる。この争いは高崎藩指南役の寺田五郎右衛門の仲裁で収まる。この中で千葉周作は仙台の気仙郡の百姓の出で、父も剣術が好きで、下総:松戸に流れ、何かの伝手で、旗本喜多村家の家来に一時的になり、姓を名乗る経緯も明らかにされていく。そして小野派一刀流の浅利家に学び、頭角を現し、その後、中西派一刀流を学び、一時は浅利義信の養子となったことを書く。

「英雄児」は越後長岡藩の河井継之助の話である。司馬遼太郎は後に『峠』を書いている。私が司馬遼太郎の小説の中では一番好きなものである。
伊勢の若者で、江戸の古賀茶渓に学ぶ若者の目で、河井のことを書く。陽明学に志し、のちに備中の山田方谷に学びにいく。幕末の動乱になり、河井は長岡藩の家老となり、兵制を近代化して最新の兵器を購入して官軍と戦う。




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