トルコ旅行①-イスラム教-

妻とトルコに旅行した。申し込んだツアーが私達も含めて4人、それに同行添乗員に、現地の旅行中同行のガイドという6人で大型バスという豪華な旅行になった。
イタリア旅行に関して11回ほど、テーマごとに旅行記(http://mirakudokuraku.at.webry.info/201303/article_7.htmlhttp://mirakudokuraku.at.webry.info/201304/article_6.html)を書いたが、今回も色々感じることがあったので、いくつか書いていきたい。まずイスラム教について感じたことから記してみたい。

時差ボケの関係で現地では朝4時半頃に目が醒めたが、イズミール、コンヤ、イスタンブールなどのホテルでは朝の5時くらいにコーランを読む声なのか、礼拝を呼びかける声なのかは知らないが、流れてくる。各町にある多くのモスクの塔にはスピーカーが備え付けられており、どうやら、そこから流しているようだ。正確に5時なのかは、うつらうつらの中だから明確ではない。教典であるコーラン(クルアーン)は「朗唱されるもの」という意味があるようだが、口承の文化の伝統だ。

イスラム教では1日に5回の礼拝が義務づけられている。現地のガイドに聞くと、都会で会社勤めなどをしていると、できないこともあるし、行わない人も多いようだ。もっとも会社には礼拝室が設けられていることは多いとも聞いた。
この1日に5回という礼拝だが、これは牧畜文化が背景にあると感じた。現地に来て見ると、荒涼たる土地で牧畜くらいしかできない土地が続く。牧畜であれば、一人と犬一匹で羊の番をしているだけであり、閑なわけである。このような時間が流れていれば、一日5回の礼拝など何でもない。メッカの方向を意識することで方向感覚も研ぎ澄まされるのではなかろうか。遊牧、旅行をする者にとって方向は絶対的に大事であり、北極星、北斗七星、南十字星と同じ位置づけに、メッカがあるのだろう。

一夫多妻を認めらるとも聞くが、これはマホメットがいた時代は戦争が多く、軍人が大勢亡くなる。その結果、戦争未亡人が増え、この女性を救うためという狙いもあったようだ。

女性は頭にスカーフとか、目だけを除いての衣装を着ることも強制されているが、これは強烈な日差しから女性の肌を守るためだったのではなかろうか。日に焼けることの害を知っていたのだ。

偶像崇拝の禁止も知られている。これも遊牧の生活にとって、余計なものを持たないという生活の知恵ではなかろうか。遊牧民にとって大事なのは、身につけられる貴重品である金などの貴金属、それにトルコ石もそうだが宝石、それから巻けば嵩張らないし、広げれば住居の家具となる絨毯ということだ。持てば大切にせざるを得ない偶像などは余分のものだ。加えて、イスラムはキリスト教のように教祖の名前を冠していない。神は見えないもの=偶像化され得ないものなのだ。

豚は食べない。私はよくわからないのだが、羊や牛と違って、豚の飼育は方法が根本的に違うのではなかろうか。羊や牛は放牧で管理可能だが、豚は草だけを食べるわけでもなく、また管理方法も違うのではなかろうか。豚はミルクも採れないし、もともと遊牧民には不用の家畜だったのだろう。

宗教そのものは、ユダヤ教とキリスト教と兄弟のような宗教だ。絶対神がいて、預言者がいる。イスラム教もキリストを預言者の一人として認めている。イスラム教には断食月があるが、キリスト教のカーニバルも本来の意味は「肉をさよなら」ということで断食に入る前の大騒ぎだと、添乗員に教わる。
このような一神教が必要だったのは、異民族を統合する必要のあるところで国が生まれた為だったのではなかろうか。日本のようにおおよそ一民族化していれば、別にそれぞれが、神を認めていても、儀式・習俗には大差がない。
ローマもギリシャも昔は多神教の世界だった。そこに色々な民族が入り込み、それぞれが存在を主張するようになる。それら諸民族をまとめる国=政体ができた時に、儀式において誰もが認める方法が必要となる。宗教=儀式という面もあり、必然的に統一が求められるようになったのではなかろうか。

以上は、まったく私の感想であり、正しいとは思っていないが、わずかな期間でも現地に行ったことでわかる皮膚感覚(=遊牧の国)から発想したものである。
イスラム教は、遊牧民、それもいくつかの種族の遊牧民をまとめるのにふさわしい宗教なのだ。だけど、成立した時には、その当時の習俗に適したものでも、時代が変わったのだ。1日5回のお祈りとか、一夫多妻制などは変えるべきだろう。日焼け止めの知識などが出来た現在ではスカーフなど不要だ。

日本では織田信長の比叡山焼き討ち、一向宗根絶やし、豊臣・徳川政権のキリスト教弾圧などで、「宗教は政治に口出しはしない」という宗教改革ができた。欧米でもルター、カルビンなどの宗教改革で政治上にも大きな力を持っていた法王の力を制限した政教分離ができた。ギリシャ正教の国、儒教の国では共産主義が政教分離を強制した。隣の中国では共産主義がチベットやウイグルの民族文化全体を破壊する懸念も出ているが、イスラム圏でもトルコに見習っての宗教改革が必要だろう。ちなみにトルコの宗教改革は共和国を造ったケマル・アタチェルクが、宗教界からカリフになることを勧められたが断ったことからはじまる。ガイドさんもケマル・アタチェルクのことは尊敬していることがわかる口ぶりであった。





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