「死にざまに見る昭和史」 大野芳 著

以下の人々の死について、いくつかの視点で問題提起をしている。
近衛直麿、山本五十六、西竹一、大西瀧治郎、中河与一、村上昭夫、秋月清、鈴村善一である。有名な人、無名の人などバラエティに富んでいる。副題に「八人の凛然たる最後」とあるが、凛然という意味がわからないが、著者の取り上げた人の死=生きざまは様々である。

近衛直麿は、近衛家に生まれ、交響楽曲「越天楽変奏曲」の編曲者である。死というより、近衛家に生まれ、津軽家の養子の口を断り、14歳の市井の少女と結婚し、結核で夭折したという生き方に著者は興味を持ったのだと思う。
山本五十六については、撃墜された後、しばらく生きていて自決したとの説を改めて実証的に取り上げている。
西竹一は、ロサンジェルスオリンピックの馬術金メダリストである。硫黄島で戦死した時に米軍による呼びかけが作り話であったことを書いている。
大西瀧治郎は特攻の責任者として有名である。特攻の方針が大西個人というよりは、軍令部の方針であったことを示唆している。源田実は、陸軍の発表より先に発表しろと述べていたようだ。大西は、この攻撃を天皇に伝わることで、「戦争をやめろ」と聖断が下ることを期待したようなことを書いている。
中河与一は戦前のベストセラー作家だが、戦時中に文壇の左翼要注意人物を軍当局に売ったとして、文壇から抹殺されたが、本当は左翼評論家の平野謙が犯人だったことを示唆している。画壇の藤田嗣治が画家連中からパージされたように、戦後は、このようなことが起こったのだ。

村上昭夫は、詩人として知る人ぞ知る存在のようだ。引用されている詩にいいものがある。
秋月清は特攻における護衛と戦果確認で名をはせた人物である。しかし、戦後、狂人となった男である。
鈴村善一も何度も特攻に選ばれたが、生き残った人物で、戦後、名古屋で起業して成功をおさめる。特攻の経験が会社経営に生かされている様子を書いている。妻に感謝しての大往生である。




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