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zoom RSS 「源氏と日本国王」 岡野友彦著

<<   作成日時 : 2017/09/12 06:54   >>

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「源氏でないと征夷大将軍にはなれない」と云われていることに対して、異論を投げかけている本で、なるほどと思えるところも多い。そもそも征夷大将軍とは、夷狄を征伐する軍隊の総司令官である。だから蝦夷征伐が残っていた鎌倉の頼朝にはおかしくない役職である。それが江戸幕府にまで続いたのは何かということになる。

足利義満や徳川家康にしても征夷大将軍と同時に源氏長者の地位に就いている。源氏長者として国家主権を把握したのではないかという問題提起である。

源平藤橘などは氏(うじ)の名である姓である。足利、新田、北条などは家(いえ)の名である苗字であり、姓と苗字は別である。

そして、姓は天皇から与えられる公的な名前。苗字は私称する名前である。
平安時代以降の姓は父系制的な血縁原理によって継承される。苗字は血族の名ではない。養子でも名乗れる。
皇室に姓がないのは、姓が天皇から与えられるものであるから、与える方の天皇は必要ない。
天皇の一族が天皇の臣下になるのは賜姓臣籍降下と呼ばれる。源氏もまさにそれである。
日本の女帝はいずれも独身。入り婿を取ると、婿の姓となってしまう。熱田大神宮家も古くは尾張姓だが、11世紀に娘が藤原季兼と結婚し、その子が大宮司になって以来は藤原姓となる。これは女系天皇を考える場合に問題となる理論的根拠だと思う。

源氏は天皇からの賜姓であり、王氏と呼ばれる。嵯峨天皇の時に8人の子に源をつけて臣下とする。複数の皇子に同じ姓というのははじめてであった。この後、清和源氏、宇多源氏、村上源氏も生まれる。

氏の長者とは、氏の統率者であり、氏寺や氏社の祭祀や大学別曹や氏院の管理、氏爵などを行う。氏爵とはその氏の正六位上の者の中から毎年一人、氏長者が推挙した者を従五位下に叙す制度で、藤原氏長者、橘氏長者、王氏長者、源氏長者が氏爵ができる長者であった。藤原、橘は本家の家長だが、源氏は当初は嵯峨源氏の中で公卿第一の人が原則であった。
源氏長者は淳和・奨学両院の別当にもなる。そして源氏の氏寺が八幡宮、応神天皇と神功皇后を祭る。

村上源氏の久我家が源氏の氏長者を勤めてきた家。
後に武将は源氏に改姓しており、徳川家も関東に奉じられて源氏に改姓しているが、狙いは関東をうまく統治できるようにと考えたのではなかろうか。将軍になるためではないと感じる。

足利義満は源氏の「氏長者」となり、「准三宮」(天皇の祖母、天皇の母、天皇の配偶者に准ずる待遇の人)の地位を手に入れて「日本国王」として明と貿易。
徳川将軍家も同様で、慶喜は朝廷に大政を奉還し、その十日後に将軍職を辞退している。要するに「大政=日本国王の地位」と将軍は別のものであった。

源氏の印章は「宇宙」印。久我家に保管されており、同時に安摩面の矢羽が伝わる。皇室における三種の神器のようなもの。度々、室町将軍家や徳川家に借用されていた。

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