「帝国陸軍の<改革と抵抗>」 星野 耐 著

帝国陸軍には3つの改革があった。一つは明治中期の桂太郎の陸軍改革、もう一つは大正後半の宇垣一成の軍政改革、3つめは昭和初期の革新運動とそれに続く石原莞爾の参謀本部改革という。

本の中身は濃く、簡単には紹介できないが、次のような内容である。
第一の改革は維新以来の治安維持的な軍隊を、朝鮮半島での清との戦争に備えて、列強陸軍に伍す近代軍に脱皮させるために変革したもので、この結果、日清、日露でどうにか勝つことができた。
第二の改革は第一次大戦における国家総動員の総力戦、長期消耗戦という新しい戦争に対応しようとするものだが、大戦後の軍縮ムードと財政の窮乏という状況で、単なる軍縮に終わって失敗。
第三の改革は、世界恐慌による不況の中で、満州事変や2.26事件という内外のクーデターの中で、ソ連、アメリカなどとの持久戦を戦えるようにしようとしたが、対ソの一国との戦争を想定した北進か、対英米中との多国との戦争を想定した南進かが定まらず、盧溝橋事件の処理から改革は失敗した事例である。

明治は山県有朋が徴兵制を取り入れ、内乱の鎮圧に成功する。反山県派の将官は曾我祐準、三浦梧郎、谷干城、鳥尾小弥太などである。彼らは鎮台制のままで良いとし、山県は国外でも戦える編制にしようとした。桂太郎が川上操六、児玉源太郎と協力し、大山巌陸相がバックアップし、メッケル少佐のアドバイスも得て改革する。ドイツ式モデルにする。

第二の改革の立役者宇垣一成は長州閥の田中義一に引き立てられた岡山県出身者だが、性格として剛毅不屈、傲慢な人物。大局観のあった人物だが、構想は国家総動員体制で長期戦にも対応できるような大きなものだったが、当時の日本の財政事情や関東大震災などで実行はできず、変に妥協したものになった。田中義一にも反旗を翻し、広く協力を得られずに挫折する。

石原莞爾は天才的であり、勉強も時間をかけずに出来た人物である。中堅官僚として満州事変を実質的に引き起こす。海外で実行したクーデターで国内体制を転換させたが、後に満州事変方式(下克上的にことをはじめて既成事実をつくる)を、別の者が盧溝橋事件で行い、泥沼の中国戦線に引き込まれて破滅する。下克上的に色々な軍官僚が暗躍する時代を生む。

日本の国力から、一国ごとに相手をして、できるだけ短期に終戦に持ち込むというのが、現実的な案であり、国家を総動員して、これでなんとかなったのが日清、日露の戦争。
これに対して国家総動員体制を作ろうとして、結果は精神面だけの国家総動員に終わり、情報軽視(現実の分析のまずさ)から短期で終わると想定した戦争に引きずり込まれ、陸軍、外務省、海軍の連携も不十分で、むしろ軍官僚としての出世・権力争いに終始してしまい、負けるべくして負けたのが第二次大戦と言えるのではなかろうか。

著者は戦前の軍改革の歴史から、現在の政官の改革を考え、いかに時代にあった改革ができるかが、今後の日本を左右するのではとの問題意識を持っている。この通りだと思う。



"「帝国陸軍の<改革と抵抗>」 星野 耐 著" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント