石清水八幡宮

土曜日は石清水八幡宮に出向く。行きはケーブルカーを使用したが、帰りは参道を歩いて降りる。下りだが、かなりきつい歩行であった。往事はこの参道がメインであり、参道沿いに坊の跡がいくつか残っていた。松花堂昭乗が住した跡もある。

展望台が素晴らしい。ここ男山は京都の南の入口に当たる場所に位置し、向かい側の山が天王山である。そして眼下に木津川、宇治川、桂川の3本の川が流れ、これら3本の川が淀川として合流して大阪湾に流れ込むわけだ。木津川は伊勢の鈴鹿山脈から、宇治川は上流が瀬田川で琵琶湖からと、京都の北の山が流れ出た水も鴨川となって宇治川に流れ込んでいる。そして桂川は保津川、大堰川として丹波亀岡の方の水を運んでいる。

往古は河川水運が大事な流通経路であり、この地の水運がいかに恵まれていたのかが理解できる。だからそこに淀城が建ち、伏見桃山城が立地していたのである。
もっとも3川が集まる場所であり、往古は巨椋池という巨大な池というか湖が存在していた。

陸路も大坂方面からは天王山と男山に挟まれたこの場所を通るしかなく、言い換えれば都の防御の要であり、豊臣秀吉と明智光秀の天王山の戦い、幕末には鳥羽伏見の戦いの地である。鳥羽伏見の戦いで、伏見やこの地は火災に巻き込まれる。

展望台からは、遠くに京都タワーが見えるが、それが京都市内である。そして北東の方角に2こぶの比叡山がある。すなわち都の鬼門を守った延暦寺があり、その対角線の裏鬼門に男山の石清水八幡宮があるということになる。

山頂に御社殿があり、全体が国宝である。徳川家光の修復である。日光東照宮の欄間彫刻と似ている。三ノ鳥居の近くに一ツ石というお百度参りの起点になる自然石が埋められている。そこから南総門に到る。門内が狭義の境内である。取り巻く築地塀は信長塀と言われ、織田信長の寄進で、塀に瓦が埋め込まれている。本殿の後ろには若宮社、貴船社、住吉社なども祭られている社殿がある。本殿は南総門からの参道とちょっと外した向きに建てられているのが面白い。

この本殿の回廊に架けられている灯籠が、加納夏雄の名作の小柄のモチーフである。
大樹も多く、境内の中にはカヤの大木があり、回廊の西側の外には楠木正成の楠という大樹があり、立派である。

麓には頓宮殿があり、隣りに高良神社がある。山を登るのが大変な人は、ここで参拝したのであろう。その横に巨大は石の五輪塔がある。鎌倉時代建立とされるが詳細はわからないようだ。また頓宮を抜けて一ノ鳥居の横に放生池があり、蓮が咲いていた。

"石清水八幡宮" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント