「祝祭と予感」恩田陸 著

 この本は先日読了した「蜜蜂と遠雷」の続編というべき小説である。「蜜蜂と遠雷」では唐突に感じた天才カザマ・ジンとピアノ界の伝説の巨人ユウジ・ホフマンとの結びつきの経緯とか、コンクールの課題曲を作曲した菱沼忠明の曲が生まれた背景などを明らかにしている。
 章は「祝祭と掃苔」「獅子と芍薬」「袈裟とブランコ」「竪琴と葦笛」「鈴蘭と階段」「伝説と予感」に分かれている。

「祝祭と掃苔」では、芳ケ江国際ピアノコンクールで優勝したマサル・カルロスと2位となった栄伝亜夜が、幼い時に日本で、ともに綿貫先生からピアノを学んだ奇縁が復活したのだが、コンクール後に綿貫先生の墓参に出向き、それにカザマ・ジンも同行した時の様子を小説にしている。
 そこでマサルがジンに母のことを尋ねる。そして母はシンガポールで有名なソフトウェア会社のCFOで姉がバレリーナということを語る。コンクールの間にジンと亜夜が連弾(セッション)した時のことをジンが語り、マサルは驚く。

 「獅子と芍薬」は審査員で元夫婦だった嵯峨三枝子、ナサニエルが出会った時の思い出が描かれる。大きなコンクールで1位無しの2位に2人が入ったこと(1位になればホフマンに師事できるという約束があったので、その結果は2人にとって共に不本意であった)。そしてコンクール後の演奏でお互いの良さを認め、それから親しくなっていった経緯を描く。章のタイトルは2人を表している。

 「袈裟とブランコ」はコンクールの課題曲「春と修羅」を作曲した菱沼忠明が、夭折した岩手在住の教え子小山内健次の思い出を書く。小山内が恩師の菱沼の為に途中まで作曲した曲と、小山内も愛唱していた宮澤賢治の「春と修羅」の詩想とともに作曲した経緯が明らかにされる。章のタイトルの「袈裟」は夭折した教え子の葬儀を表し、ブランコは葬儀から帰宅して公園のブランコで曲をイメージしたことを意味している。

 「竪琴と葦笛」はマサルがジュリアード音楽院でナサニエルに師事することになった不思議な経緯を明らかにしている。マサルがジャズにも造詣が深く、ピアノだけでなくトロンボーンも演奏するようになった理由が明かされる。

 「鈴蘭と階段」は栄伝の才能を信じる音大の学長浜崎の娘でヴァイオリン演奏家の奏が主役で登場する。奏はヴァイオリンからヴィオラに楽器を変更することを考えていたが、ヴィオラの楽器を購入することに迷っていた。そんな時、チェコの亜夜から国際電話が入る。チェコ・フィルハーモニーと亜夜とジンが共演することになり、ジンの独特の人懐っこさからオーケストラのヴィオラ奏者のところに出向く。その時、亜夜は彼の演奏のヴィオラの音が奏の演じる音だと感じ、同様にジンもそう感じた。チェコ・フィルハーモニーが日本公演を予定しており、その時に譲ってもらうことになる。「鈴蘭と階段」の鈴蘭は奏のイメージで、階段とは浜崎家の防音設備の整った部屋ではなく、階段で演奏するのが好きということから来ている。

 「伝説と予感」はカザマ・ジンがピアノ界の伝説の巨人ユウジ・ホフマンと知り合った経緯を明らかにしている。知人の貴族の館でホフマンは、その貴族の父が収集した古い楽譜を知る。そのサロン・コンサートで、古い楽譜の中からシューマンのダビッド同盟舞曲集を演奏する。その屋敷に父の蜂蜜採取用のリンゴの開花調査に同行してきていたカザマ・ジンが、サロンコンサートでホフマンが弾いた曲を、玄関ロビーのアップライトピアノで弾いているのに出くわして驚く。