「名将乃木希典と帝国陸軍の陥穽」鈴木荘一著

 この本は、司馬遼太郎が『坂の上の雲』で無能な乃木希典将軍、頑迷な伊地知幸介参謀長と評価したことに対して、逆に高く評価すべきと書いていて興味深い。そして児玉源太郎総参謀長は軍政家としては評価すべきだが、軍事能力は劣るとし、その作戦参謀の松川敏胤は優れているが、井口省吾は愚将と書いている。
 鈴木氏は、これまでも国民文学になって愛されている『坂の上の雲』に書かれている司馬史観に対して異論を唱えていたが、「あれは小説だから」と言われ、まともに議論してもらえない状況に業を煮やして、この本を執筆されたのだと思う。

 そして日本が軍事、作戦の教師として招き、司馬遼太郎も高く評価しているメッケルを、軍政家としては良いが軍事学はダメではないかと論じている。鈴木氏は太平洋戦争につながる誤りの一因にメッケルの教えがあるとも言う。すなわちメッケル軍事学を学んで太平洋戦争時に大本営の参謀として、大きな誤りを招いた服部卓四郎、辻政信、瀬島龍三を強く非難している。この3人への鈴木氏の評価に私は異論は無いが富永恭次も加えるべきであろう。これら参謀の無能の証左は本論と違うから簡単に書かれているだけだが、辻政信が作戦を主導したノモンハン事件(司馬遼太郎も書きたかった事件)については章を設けて論じている。
 また司馬遼太郎は、自分が戦時中に配属された戦車隊の戦車をボロクソに貶しているが、世界では日本の戦車はそれなりに評価されていたことを示している。

 鈴木氏はきちんと資料を読み込む人物であり、ここで書かれていることは『明治卅七八年日露戦史』などの資料を読み込まれてのことだと思うが、具体的な事柄ごとに典拠となる資料(ページも含めて)を明示されている方が良いと思った(参考文献の書名は巻末に掲示)。
 例えば、①旅順第2回総攻撃の前に203高地攻撃を乃木の第3軍が進言しており、むしろ児玉源太郎が正面攻撃に拘ったこと、②遼陽会戦で敵将クロパトキンが囮作戦で撤退したことを野津軍、奥軍は感づいたにも拘わらず総司令部は突入を命じ、危ういところ、松川参謀が黒木軍に背面から攻撃させることで救ったこと、③奉天会戦と戊辰戦争時の白河城攻略との共通点と、奉天会戦時の乃木軍の奮戦(児玉は進撃が遅いと叱責したが)のことなどである。
 もっとも同じ資料を読んでも、反対の意味に解釈する人がいるわけだから、現代史を研究している学者は「あれは小説だから」で逃げずに論戦に参加されることを期待したい。

 この本で、もう一つ改善してほしい点は、挿入されている地図が地点の地名は書かれているものの両軍の配置や、道路、高低差などの情報が記されていない為かわかりにくい点である。 

私は『坂の上の雲』は名作だと思う。そこで無能と書かれている乃木将軍だが、姿が美しい人間(侍)として好きな人物である。、また鈴木氏が軍事の能力を悪く言う児玉源太郎も、太平洋戦争時の指導者と違って「この戦争を終わらせるタイミング」を常に意識していた人物として尊敬している。
コロナ禍で、蔵書の司馬遼太郎全集62巻を読み始めており、20巻まで読了したが、この中では『竜馬がゆく』と『峠』が良い。『竜馬がゆく』の中にも史実と違うところが当然にあるが「小説だから」で楽しんでいる。

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この記事へのコメント

清宮 純
2021年03月05日 14:55
同じ景色を見ても、自分の立ち位置、見方により意見が分かれるものです。歴史においてもその判断は難しいもがであると思います。私も
司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読みました。読者はすべてそれが正しいとは思ってはいないと思います。されどこの本を読みすすんで感じたことは、それが真実であるかどうか別にして、すべての人に与えた影響は大きいものがあるように思っております。
私は引き込まれていく文体に「坂の上の雲」はやはり名作であると考えております。