「大坂侍」「泥棒名人」「けろりの道頓」 司馬遼太郎 著

 「司馬遼太郎全集13 俄 浪華遊侠伝」に所載の3つの短編である。「大坂侍」は大坂人の気質をうまく書いていると言うか、少し極端に描いていると言うべきか、興味深いものである。
 主人公は幕末の大坂の川同心で十石三人扶持である鳥居又七である。同心は一代限りの雇いだが、子を推薦することで代々と家を繋いできている。鳥居の家は長篠合戦で勇名を馳せた鳥居強右衛門の末と称して、他の大坂侍とは違うという誇りを父は持っている。父は病身であるが、鳥羽伏見の戦いで慶喜将軍が大坂から江戸に逃げ帰ったが、幕府の彰義隊が江戸で戦うとの情報を聞いて、息子の又七に参加するように勧める。主人公の又七は大坂侍にしては珍しく剣術はできるが、この時はそこまで幕府に義理立てするのはと一笑に付す。
又七は材木屋大和屋源右衛門の娘のお勢が黒門組の連中にからまれていたのを助けたことにより、お勢に惚れられて材木屋の婿にと迫られている。もちろん大和屋も乗り気であり、
又七の極楽政なる極道の友や、又七の剣の師匠の渡辺玄軒にも縁談がまとまれば50両という金をもらう約束だから、この縁談に熱心である。縁談を斡旋するものも金で動くわけだ
お勢を助けた時に痛めつけた黒門組の連中から又七は狙われる。その用心棒に天野玄蕃という剣術道場主が傭われている。
また又七の妹の衣絵は、従兄弟の具足方同心の田中数馬の許嫁である。

又七は黒門組に襲われる。そこに彼等の頭領の黒門久兵衛が止めに入る。それは玄軒が10両を渡したからである。喧嘩も金でやりとりされるのに又七もあきれる。

大坂城は新政府に明け渡されることになる。黒門組の用心棒の天野は勤皇に取り入る。
又七の父が逝去する。手文庫の中に10両あり、これが江戸行きの費用と父の遺言であるが、又七は妹の結婚資金として手渡す。
その妹の許婚の田中数馬が新政府の天野に幕府の間諜の容疑で捕まる。要は保釈の金目当てである。
又七は天野玄蕃を斬り、玄蕃が持っていた金の内、百両を奪い、船で江戸に向かって、父の遺言のように上野の彰義隊に入ることにして大坂を出奔する。
しかし、彰義隊では仲間も一人もおらず、また大坂の者というと勘定方に廻されそうになり、怒り、大坂侍の悲哀を感じる。
彰義隊の上野の戦いでは、目に見えないところからの弾丸が中心であり、又七は幻滅する。そして大坂の回船問屋の江戸店に逃げ込む。この回船問屋は又七に阿呆なことはやめとけと言っていた。官軍に金を貸しているし、彰義隊を討った大砲の弾はここが運んだものと言う。又七は大坂から出てきて、大坂の商人にやられたようにものと気が付く。
そこにお勢が心配して来ている。孫悟空がお釈迦様の手の中で暴れていたと同様に、大坂の商人の手の中で暴れていたと気が付く。
何事も金の世界という大坂における侍の位置づけを司馬遼太郎は語っている。

「泥棒名人」

五畿内随一の名人といわれた泥棒の江戸屋音次郎(元は江戸でならした泥棒)と、行者玄達と呼ばれて大坂の泥棒名人の物語である。あまり面白くなく、結局は行者玄達に泥棒で負けて女房も盗まれるという話である。

「けろりの道頓」

大坂の安井村の大地主の「けろりの道頓」は頭が大きくて立派な顔をしており、市内を循環していた秀吉の目に止まる。その時に連れていた道頓の愛妾の一人を秀吉の側室にと望まれ、提供する。
道頓は秀吉にあったことに感激しているようであり、また愛妾の一人を秀吉に差し出したことでがっかりしているようだが、表情にはあまり出ないでけろりとしている。御礼に秀吉から錦鯉が来ると、その為に大きな池を掘る。
あるとき奉行から、大坂城下に大きな堀を掘削することを頼まれる。これだけの工事を請け負えるのが道頓しかいないとのことだ。ただ関ヶ原の戦いなどで話は立ち消えになるが道頓が自分で作ると言い出し、自費で工事をはじめる。
大坂の陣で、工事中止を要請され、あっさりと途中で工事をやめる。そして道頓は敗色濃厚の大坂城に入り、死ぬ。
道頓の死後、徳川の大坂城代が、工事を行い、道頓堀と名付ける。
大坂人の一つとして紹介された面白い短編である。