「明治維新とは何だったのか」半藤一利・出口治明 著

2人の対談集であり、ペリー来航から西南戦争頃までを、「1.幕末の動乱を生み出したもの」「2.御一新は革命か内乱か」「3.幕末の志士たちは何を見ていたのか」「4.近代日本とは何か」と言う章立てで論じている。
1章では、ペリーの最大の目的は南北戦争後に急成長をしたアメリカ経済の受け皿にアジア市場が大事となり、その為の太平洋航路の開拓とある。この時、日本の老中の阿部正弘は開国・富国・強兵の順でやっていくしかないと考え、人材を登用する。ここで徳川幕府が初期に鎖国を選択した理由を議論しているが、西国諸藩が自由に貿易して幕府以上の富を得ることへの危惧との意見に私も賛成したい。この章の中で慶応元年から明治2年にかけての小銃の輸入量のデータ(長崎、横浜)が掲示されているが、面白い。銃の性能の差も加味すれば薩長が勝つのも当然となるのだろう。

2章では光格天皇の時に「幕府が天皇に打診する」ことの契機が生まれたとあり、なるほどと思う。薩長の関ヶ原の恨みをはらす暴力革命で、東北戦線は東北諸藩の反乱ではなく、防衛戦争と半藤氏は唱えている。ここで、県名と藩名が一致しない賊軍への扱いや、明治後期から大正にかけての陸軍将官の出身地一覧(圧倒的に薩長が多い。他は土佐、筑前、肥前、肥後、加賀、東京)や、明治年間に華族になった人物の出身地などの数値データが提示されているが面白い。華族の中でも上位の公爵、侯爵は薩長出身者である。
また岩倉使節団が海外に出た後の西郷隆盛が幕府出身者を登用したりしたことを述べている。西郷は詩人で理想主義者で毛沢東に似ており、大久保が現実主義者で周恩来に擬せられるとする。
維新の三傑無きあとは伊藤博文(政治)と山形有朋(軍事)となる。ここで統帥権問題をきちんとしておけば良かったが、同藩のよしみで「なあなあ」となり、これが尾を引く。また、このあたりから吉田松陰を持ち出し、御一新を明治維新としていく。

3章では、勝海舟が最初に日本人を意識したと評価する。西郷が宮廷改革をする。グランドデザイナーが大久保利通、合理主義者が桂小五郎、陰謀家が岩倉具視、軍事の才能があった板垣退助は会津戦争で武士は立派だったが町人、百姓はだめなのを見て、これは政治が悪かったためと悟り、自由民権運動にとある。よくできた話であるが本当だろうか。なおアーネスト・サトウのことにも言及している。

そして、近代日本は薩長がつくり、太平洋戦争で薩長が滅ぼした(統帥権問題)と述べている。

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