「幕末・維新~並列100年~ 日本史&世界史年表」山本博文監修

調べ物をするために紐解いた本であるが、参考になる面白い本である。「1.列強の接近」「2.幕末の動乱と国際情勢」「3.明治の日本に迫るロシア帝国」の3章に分けられている。年表だから、1800年のはじめから1900年までの約100年間を、見開きページで20年から5年程度ごとに日本史と世界史の年表を掲示し、そこに関係する事件や事件の背景などを記したコラムを配している。また時々の事件を読み解く鍵となる人間関係が記されたり、その時代のトピック的なことがらを整理したものもつけている。

1800年のはじめはナポレオンがヨーロッパを席巻した時期である。すなわち、これ以降、ヨーロッパにも国民国家の意識が出てくる。1821年ギリシャ独立運動、1831年にイタリアの統一運動が起こる。1839年にオランダがベルギーの独立を認める。ドイツも1862年にビスマルクがプロイセンの首相に就任して国がまとまってくる。
日本の明治維新なども世界史的流れとも思う。

そのナポレオン戦争時に、支配下に入ったオランダ船をイギリスが拿捕する事件が1808年のフェートン号事件である。この事件後も1824年にイギリス船が薩摩の宝島に上陸したりで1825年に異国船打ち払い令を出す。
しかし1842年アヘン戦争で大国の清が負けて南京条約が締結される。幕府は慌てて同年に薪水給与令を出す。水野忠邦の天保の改革の頃である。
中国では清の弱体化に伴い太平天国の乱が起こり、それは1864年まで続く。

アメリカはイギリスからの独立戦争が1814年。1846年に米墨戦争で、アメリカはカリフォルニアを獲得(太平洋岸に出る)。
1861年アメリカの南部州が南部連合。南北戦争。終結が1865年であり、両軍あわせて62万人の死者。終結後の武器が戊辰戦争時の日本に来たわけだ。その後、1869年に大陸横断鉄道。1897年にハワイ併合、1898年に米西戦争でスペインを破りフィリピンを領有と太平洋にどんどん勢力を伸ばしてくる。

1866年に薩長同盟が出来た時に、プロシャ・オーストリア戦争がはじまる。プロイセンの元込め銃による匍匐しての射撃が、オーストリアの先込め銃の立射を破る。そしてフランスも元込め式の銃を採用。第二次長州征伐で大村益次郎が、元込め式銃の散開戦術で幕府軍を破る。

ロシアは世界中で南下政策。1800年頃に日本に交易を求めに来ていた。1853年にはオスマン帝国とクリミヤ戦争(英仏も参戦)して1856年に集結する。この中古武器も流れるか。1858年に清とロシアは愛琿条約。クリミヤ戦争で地中海経由の南下が妨げられ、アジアに来る。1860年ウラジオストック建設。


日本の領土のことも参考になる。
小笠原諸島は米英の漂流民がいたが、咸臨丸で小笠原諸島の測量航海を行い、実測図をつくり文久2年(1862)に日本領と認めさせる。

沖縄に関しては、明治4年(1871)に台湾の琉球漁民殺害事件に抗議し、明治7年(1874)に台湾出兵。その後、イギリスの仲介により、清と互換条款を結び、賠償金を得る。琉球藩は清国との関係継続の嘆願を出していたが、明治政府は拒否して1879年に沖縄県を設置。明治12年(1879)にアメリカのグラント前大統領は日清修好条規の調停案で沖縄を二分した案を日本政府に提案。一方、清国は沖縄を三分して先島諸島を清、奄美諸島を日本領として、沖縄本島を独立させる案を提示。日本はグラント案(沖縄二分案)を了承するが、清が拒否する。そして日清戦争後の下関条約(1895)で日本の沖縄領有が確定する。
昔の沖縄の人は、中国にも属したいと思っていたのだ。貿易上の利であり、今の中国に属したいと思う人はいないだろうが、こういう歴史を忘れてはいけない。またアメリカは太平洋岸に出てから、ハワイ、フィリピンと来ており、終戦後は沖縄を占拠し、今も大きな基地を設けている。これもアメリカのムーブメントなのだ。

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