「神田日勝 大地への筆触」展 於東京ステーションギャラリー

神田日勝の展覧会は一度、観てみたいと思っていた。コロナ騒動も一段落して、入場制限はあるものの東京ステーションギャラリーで開催される。この美術館は私好みの企画が多く、好きな美術館だが、展示スペースが複数階に別れているのが難である。私は一通り観た後に、気になる絵に戻って観るから、階がまたがる場合は不便である。
32歳で夭折する北海道鹿追町の農業をやりながら画業に励んだ画家である。画題は自画像の他に、農耕馬、牛、風景や働く人が多いが、これらは黒褐色から茶褐色のような暗い色合いの絵が多く、重たい。

一方というか、ある時期には鮮やかな色彩を使って空想上のアトリエを描いたものやフォービズムのような鮮やかな原色で抽象化した人体を描いたものなどもあることを知る。色彩鮮やかな絵などは本当に描きたいものだったのだろうか、あるいは自分の殻を破りたいという試行的な作品なのであろうか。私は後者のような感じを懐く。色彩鮮やかな絵の中には彼が持つことが叶わなかったアトリエや、各種食料品などが描かれているから、彼の願望を表現したのかもしれない。

展示されている作品は大作(ベニア板に描く)が多い。これらは展覧会への出品作として描かれたものだと考えられ、確かに力作である。風景画は手頃なサイズのものが多い。こういう絵は地域の人などに購入されたものなのであろう。売り絵と片付けられないような感じのよい風景画もある。北海道の大地である。

ペインティングナイフで、馬の体毛や人物の肌、壁面の石材、木材などを描いていく作品は迫力がある。ペインティングナイフをどのように使用したのか私にはわからないが、馬の剛毛や石材の表面など迫力がある。馬はサラブレッドではなく、ズングリとした農耕馬である。農機具やソリを引く労働に使役されたために腹の一部に毛が擦り切れているところなども描かれている。
死んだ馬を描いた絵には感動した。作者の馬への愛着が感じられる。

最期の馬の描きかけの絵(半身像だけで他はベニア板のまま)や、新聞紙の紙面を細かく描いた壁面を背景に、膝を抱えてうずくまる自画像など代表作とされるものも展示されている。

神田日勝が影響を受けた画家として、兄の神田一明(東京芸術大学に学ぶ)や帯広で活動した寺島春雄や、北朝鮮の帰還事業に参加して消息を絶った曺良奎(チョヤンギュ)、海老原喜之助、海老原暎、北川民次の絵も展示されていた。「なるほど」と思った。
曺良奎(チョヤンギュ)の作品は洲之内徹の本などで知っていたが、現物ははじめてであり、惜しい画家だ。(北朝鮮帰還事業に参加し、現地で消息を絶つ)