「理心流異聞」司馬遼太郎 著

 これも全集12所載の短編である。天然理心流の道場にいた北辰一刀流の沖田総司の逸話である。
 三多摩地区で、近藤の代稽古に出向いた途中、3人連れの武芸者に出会う。相手は名乗らないが、沖田の名を知っており、試合を申し込まれる。他流試合は禁止だからと言ってその場を去り、近藤、土方にこのことを伝える。
 沖田から、これら連中は脛(すね)当ての道具を持っていたと聞いた近藤は、彼等は松月派柳剛流の者であると推測する。この流派は上段から脛を狙う特異な剣法であった。そして、最近は三多摩の天然理心流の地盤を荒らしていた。

 当時、天然理心流には江戸に道場もあったが悪性の麻疹がはやり、道場は寂れていた。

 ここで柳剛流に関する逸話が挿入されている。江戸の道場を軒並み負かしたことがあるようで、北辰一刀流の千葉栄次郎も負けたが、次ぎに試合をした桃井春蔵は勝ち、これを観て研究していた千葉栄次郎が再度立ち会って勝利したという話である。

 その後、この3人組に同門の井上源三郎がやられる。近藤は沖田が北辰一刀流を学んでいたから、柳剛流を破ったことがある北辰一刀流の知り合いのところで対策を聞けと暗に伝え、沖田は伝手を頼って教えを受けようとするが断られる。

 そして沖田は柳剛流の本拠の蕨に出向き、試合を申し込む。寺の裏の松林を月夜の晩に指定される。相手は7人で待ち伏せをし、沖田は這々の体で戻る。
その後、沖田は一時期、行方がわからなくなる

 沖田が戻ってきた頃に、京都で浪士徴募の動きがあり、近藤らは参加する。江戸の道場が寂れてきたことも背景にある。これが後の新撰組である。

 京都で浪士取締で戦う中で、長州藩に与力していた松月派柳剛流の者と出会い、沖田は激闘の末、討ち果たして、長年の怨みを解消した。
 あまり面白くない小説である。