「越後の刀」司馬遼太郎 著

 竹俣兼光を司馬遼太郎が物語にした小説で、全集12所載である。
 主人公を栃尾源左衛門(元上杉家の藩士で牢人している)として、京都の借家で「おもよ」という妻と暮らす。生活は「おもよ」が面倒をみていて源左衛門は働かない、京の町を歩き回っているだけの男なので「おもよ」の金も無くなりつつあった。

 時代は大坂の陣の後に設定している。ある時、源左衛門が長い菰包みを抱えて帰宅する。それは刀であり、その刀を源左衛門が観ているときに「おもよ」は何人かの人影の幻影を見る。彼の着物には血が付いているが、刀を持ちかえったいきさつは何もしゃべらない。

 「おもよ」は源左衛門のことを知ろうとして地蔵院の義了に調べてもらうことにする。義了は所司代に出向いて、上杉家の家臣2人に源左衛門のことを聞く手立てを得る。確かに源左衛門は昔、上杉家にいたことを老年の武士から聞くが、その場で、義了がその男が刀を探しているようだと言うと、もう一人の竹俣甚十郎が関心を示す。

 義了は相国寺の雲水に豊臣家に仕えていた男がいて、その男から源左衛門は大坂城で秀頼の近臣で落城の時に殉死したとの話も聞く。その雲水を連れてきて、面通しをすると、確かに大坂城にいた源左衛門だった。

 所司代は大坂牢人を探索し、動向を把握していた。そこで大坂牢人の一人の魚津鹿之進が鳥辺山で墓守のようなことをしていたが、最近は見かけないと言う情報を得る。義了が調べると、鹿之進は秀吉の阿弥陀ケ峰の廟に通っていたことがわかり、妙齢の女性が近くにいたことも判明する。
 なお鹿之進は現在はいなくなっているが、その住居の後は涼やかに立ち退いたようなあとで、突如立ち去ったような状況ではないとのことであった。

 源左衛門は持ちかえった刀を自分の差料にして佩刀していた。そこで義了は研師、鞘師にあたる。ここで、その刀は無銘だが備前長船兼光であることがわかる。上杉家の若い武家も調査にきたという。竹俣甚十郎であった。

 義了は所司代の与力から、上杉家の刀に関する情報を聞くと、上杉家の兼光を京の研ぎ師に出した時に別の刀に取り替えられたことがあり、その時は石田三成に頼み、悪人を捕まえる。その後、この太刀は太閤からねだられ、献上したことがわかる。
 所司代は、その刀を上杉の竹俣家の者が探している情報も義了に寄こす。

 なお大坂落城時に、兼光で秀頼を介錯した毛利勝永を介錯したのが栃尾源左衛門であった。この刀は近習魚津鹿之進が持ち出し、秀頼の後生を祈っていた。栃尾源左衛門は魚津を探しており、やっと見つけて魚津を殺し、魚津の住まいで、女(淀殿付きの女中)を脅かし、刀を奪ったというわけだ。女は世を儚んで家を片付け、出て行ったから、跡がきれいだったというわけである。

 義了がここまで調べて「おもよ」の家に行くと、源左衛門はいない。そこで義了は「おもよ」に、今頃は竹俣一行に栃尾源左衛門は殺されているだろうと推測していることを話す。

 所司代としては元和牢人が2人片付いたわけである。

もちろん司馬遼太郎が創作した話である。