「おれは権現」司馬遼太郎 著

これも全集8に収められている短編で、福島家の家臣・可児才蔵の物語である。本人は自分自身には山城愛宕の勝軍地蔵(愛宕権現)が乗り移っていると信じていた。そして最期もこの地蔵の縁日である二十四日に死ぬと預言していていた。

福島家の大身となった現在も妻が無く、子もいない。これまでも多くの女性が側女として仕えるが子に恵まれず、このままでは可児家は取り潰されてしまう。ただ才蔵は、このことを気にはしていない。
そこに側室として入ったお茂代が子を産もうと考える。何か可児才蔵には子を作らないことへの秘密があると気づき、それを探ろうとする。すると出来助という人物に義理立てしていることがわかる。思い人か寵童かとも考えるがわからない。

豪傑・可児才蔵の逸話だが、関ヶ原の時、大活躍するが、首を持ってこない。福島正則が聞くと、重いから切り取った首の口に、笹の葉を噛ませておいたと証言する。そこで探すと、その通りに笹の葉を噛ませていた20の兜首があったという。

福島家には竹内久左衛門という古い家来がいて、お茂代は出来助のことを探ろうとするが「知らない」と言う。久左衛門が才蔵にこれまで多くの側室を紹介していてきたが、いずれも石女(うまづめ)の噂がある女性だったことを知る。お茂代も離縁された女であり、そう思われていたふしがあることがわかる。

ある時、才蔵が山城愛宕に詣る時にお茂代は同行を許され、可児家の出身地、美濃可児郷に出向く。そこで若い時の才蔵の話を聞く。それによると、明智家に奉公するが、当時は臆病で念仏を唱えて人の後ろから参戦するような性格だった。牢人になって3年、佐々成政に奉公し、この時、能登末森城の退却戦で首18という活躍をする。さらに20の首をとるという大活躍をしたそうである。

山城愛宕でお茂代は才蔵の口から次のような秘密を聞く。臆病者として牢人中に山伏に出会い、加持祈祷を受け、愛宕権現で勝軍地蔵が体内に入るという経験をする。その祈祷の山伏が出来助であり、才蔵の家来となり、一緒に槍働きもできる人物であることを知る。

それから10年後、皆老いてくる。そのうち竹内久左衛門が出来助とわかってくる。出来助との約束は、禄は半分で、可児家の跡継ぎは出来助の子が継ぐというものであった。ただ出来助の子は病没していた。

お茂代も行で対抗するために、山城愛宕で女行者を呼ぶ。歳老いて才蔵は自分の予言通りに24日に死んだ。
この後、可児家は取り潰されるが、しばらく経って、女行者が懐妊していることがわかり、その時は可児家を再興するかという話になるが、福島家そのものが取り潰される。

不思議な物語だが、面白い短編である。