「上総の剣客」「奇妙な剣客」 司馬遼太郎著

 全集12所載の短編である。幕末に江戸麻布永坂に「おだやかさま」と称される剣術道場主がいた。上総飯野二万石の保科家の剣術指南役で、北辰一刀流の千葉道場では海保帆平らと「千葉道場の四天王」とよばれていた森要蔵である。

 近所の人から「おだやかさま」の仇名をつけられるほどに、物腰が柔らかく、本当に強いのかと近所の町人が噂をするほどだった。
 有るとき、近くの石屋が鑿で石を割る仕事を観ていて、石屋とどちらが早く割るかを競うことになる。石屋の方が早く割る。

 この夜、要蔵は人が変わったように考え込み、妻を離別して旅に出ると言う。森要蔵は剣で迷いが生じた時にこれまでも時々、このような奇行をしてきたと書いている。妻はこの奇癖にいつもとまどっていた。要蔵には子がいたが、長男はこのような父の態度に反発して剣の道を継がず、次男が天稟の冴えを見せる。

 留守中の道場を時々見るように頼まれた海保帆平は、この話を聞き、自分も石屋の仕事を見てから、石割に挑む。すると四半刻で割り、驚いた石屋に自分は「森の弟子だ」と伝える。

 1年ほどして要蔵はいつものように何事もなかったように家に戻る。石屋で海保帆平と同様に石を早く割るようになっていた。

 世は幕末動乱。江戸詰めの武士も上総に引き揚げることになり、森家も引き揚げる。
 上総で藩論は紛糾するが、藩主は少数で抜けだし、勤皇になり、藩を朝廷に返納する。その結果、藩士は三々五々に行き先を決めるが、要蔵は会津に行くと決め、次男を連れて行くとした。妻は内心は反対するが、仕方が無い。

 会津での森父子の戦いぶりは生き残りの会津藩の山川健次郎がくりかえし語るほど見事なものであった。官軍の板垣も見事な戦いぶりに銃撃するのも止めて見入るが、その後の銃撃で2人は戦死する。
 なお、飯野藩には講談社の創立者の野間青治の先祖もおり、要蔵の義理の孫で、戦死した次男と同姓同名の森寅雄の話も追記してある。

「奇妙な剣客」

 これも全集12の中の短編である。毛色の変わった小説で、安土桃山時代にバスク人の剣客が、日本行きのポルトガル船に乗って、日本に来て、平戸と日本側の武士に殺される顛末を物語りにしたものである。

 バスク人は不思議な民族でアッチラの子孫だとかの伝承があり、日本人に親近感を持っていたという想定である。

 この剣客は航海中に海賊との戦いに貢献していた。平戸に着いた時に、船の乗務員と町の人がトラブルになる。平戸の武士(この人物の生活ぶりも書いているが、特段の話でもない)と戦い殺される。おもしろい小説ではない。

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