「歴史の余白」浅見雅男 著

副題に「日本近現代こぼれ話」とあるが、明治から昭和にかけての様々な分野の有名人に関するこぼれ話を幅広く集めた本である。
著者は、戦前の要職にあった人物の日記のことについても詳しく、そのような日記資料から得た話も多い。また日記に関して、公開された時の意図、校訂ミスのことなどの指摘も興味深い。

皇族の話も多く、例えば明治天皇には5人の皇子と10人の皇女がいた。昭憲皇太后は子を産めない体質で、皇子女は全て宮中に仕えていた公家華族の娘たちとのこと。ただ8人は成人に達しない内に亡くなる。
こういうことを知ると、側室が認められていない社会で、皇統を守ることの難しさを改めて思う。
なお伊藤博文の愛妾のことや、田中角栄の愛人で金庫番のことも書いている。昔はこの問題には大らかだったのだ。

有栖川熾仁親王、東久邇宮稔彦親王の日記のことや、美智子妃殿下が明治に民間から生まれた五日市憲法草案のことを評価されたことなども紹介されている。

東久邇宮稔彦は戦後、戦犯に指定されることを恐れ、自ら皇籍離脱などの動きをした。昭和天皇にも退位を勧めたようだが、昭和天皇は「秩父宮は病気、高松宮は開戦論者、三笠宮は若い。こういうことを東久邇宮は考えて欲しい」と苦言を呈したようだ。

公家、明治期の華族の話も多い。徳川家達が長く貴族院議長を勤めたことや、勲章等を拒否した原敬の逸話、徳富蘇峰が文化勲章を辞退した話もあれば、大平正芳の読書量の多さに触れている箇所もある。
大倉財閥を興した大倉喜八郎の閨閥作りや、その子の大倉喜七郎のことなども紹介されている。のちに大倉山ジャンプ競技場を作ったり、ホテルオークラを作った人物である。

森鴎外と井伏鱒二の話も面白い。森鴎外が「伊沢蘭軒」を書いた時、井伏は中学生だが、郷里の福山藩に伝わる話として、蘭軒が井伊直弼にそそのかされて阿部正弘を毒殺したとの言い伝えがあり、それを井伏鱒二が変名を使って森鴎外に手紙を書いて知らせる。鴎外から返事が来て、また彼の書いたものが小説の中で紹介される。事実は阿部正弘の亡くなる前に蘭軒も逝去していることで、この話は事実でないことを鴎外が記す。これを受けて、井伏は鴎外に返事を出すが、この時に変名の人物は死去したと、偽りを書く。すると今度は鴎外から架空の変名の人物への弔文が来て、井伏は反省したという逸話である。

2.26事件で殺された渡辺錠太郎のことと、当時、渡辺邸の近所にいた有馬頼寧の日記などに触れる。そして渡辺の寝室にいて、渡辺がかばって助かった娘が修道女として多くの書を出した渡辺和子であることを紹介する。

西田幾多郎の莫大な印税収入や吉野作造の経歴を収入面から記述する。吉野は生活が厳しい時は後藤新平の援助を受け、吉野はこの恩に対して、後藤の命日に墓前に出向いていたそうだ。

陸軍大将で後に戦犯となった今村均が戦時中、内村鑑三全集を読みたいと、部下に頼む。部下は野村胡堂の元にあることを知って、譲ってもらう。しかしこの全集は部下とともに撃墜されて今村に届かなかった。戦後、今村が御礼に野村の元を訪れたそうだ。

平沼亮三という人物のことも知る。彼は横浜の大地主で慶応に進み、各種スポーツを嗜む。自分の邸宅をスポーツ施設にし、そこでの食事メニューの一つがカツカレー(当時はスポーツライス)だった。アマチュアスポーツ界の貢献者として文化勲章を授与される。

スポーツの分野では、王貞治が国籍の件で国体に出られなかったことや、相撲界では玉の海が自身の八百長を反省し、大鵬の八百長を指摘していたことなどが書かれている。