「江戸時代の「格付け」がわかる本」 大石学 著

江戸時代は身分がやかましい世界であった。この本は、大名、武家、農民、町人などの身分格付けや、食べ物などの番付などを紹介して興味深い。新書であり、読みやすく、簡潔にまとめている。
官位は古代の律令制が基本だが、時代が下がると、当初の令になかった官職(これを令外官と呼ぶ)が増え、征夷大将軍もそうである。正一位、従一位に太政官の太政大臣、二位に左大臣、右大臣、三位に大納言などど定まっており、武家の官位は幕府が管理し、朝廷は認証するだけである。職人などの官位は門跡寺院などの権限で発行される。この時の御礼が大事な収入になるわけである。

大名の官位だが、大名家の家格ごとに初官(はじめに任官される位)と極官(家格の最高位)が定められている。○○守などの受領名は自由だが、幕府お膝元の武蔵守は原則は不可、また三河守は津山松平家、陸奥守は仙台伊達家、薩摩守は島津家に限定されていた。
親藩は御三家、御三卿、御家門などに分かれており、また大名も国持大名(ほぼ一国を治める)、国持格大名(宗、伊豫宇和島伊達、立花など)、城持大名(石高で10万石以上)、城持大名格大名、陣屋大名などと分かれていた。
譜代、外様の区分はよく知られているが、この本ではじめて知ったのは関ヶ原以降に臣従した相馬、脇坂、水口加藤、秋田、戸沢、丸岡有馬などの大名は願譜代として譜代大名と同じ待遇を受けたということである。

このような大名の格の違いなどから、江戸城での部屋の違いなどや、屋敷の門構えのありかたや、衣服が違っている。屋敷は武士で御家人クラスは、まとまって組屋敷に住み、門は両開きの冠木門で300坪程度の敷地。200石取りの旗本だと片番所付きの長屋門で600坪の屋敷となる。

女性は名前で身分の違いがわかるそうで、「子」が付くのは宮廷の女性や将軍の正室である。
また町人や百姓の中での身分格差や、僧侶や絵師の身分格差など幅広く取り上げている。
町人も江戸など三都で違いがあり、江戸は町年寄(三人)、町名主(城下町の建設時期で草創名主、古町名主、平名主など)、町代、その下に家持(家主)となっている。落語に出てくる町人はこの下の店子である。

商人は、普通は丁稚→手代→番頭となり、勤務評定で昇進は決まる。
豪商は初期は朱印船貿易を行う特権商人、門閥商人。次ぎが材木商などの公共事業の投機方型豪商と、最初は一業種で成功し、後に複数の商売を行った近世本町人のタイプ。これら商人の中には後に両替商になり、そのいくつかが明治以降に財閥となる。三都以外の地方にも豪商は生まれる。

農民は村方三役とされる百姓代、組頭、庄屋(名主)がおり、その下に本百姓、そしてその下に水呑百姓などの隷属農民という格差である。なお農民は公式文書には名字を使えないが名字は持てた。そして名字は武士が許したが、金で許可することも多い。もっとも金さえ出せば江戸時代後期は武士の身分も買えた。

医師は典薬頭、奥医師、番医師、寄合医師、小普請医師が武家待遇で、他は町医者に分かれ、部門として本道(内科)、外医(外科)、口中医(歯科)、眼医、小児医、鍼医の種類があった。
僧侶は宗派によって階級や名称が違う。僧位には法印、法眼などの位がある。
絵師は狩野家が御用絵師となり、それは奥絵師(四家)、表絵師(十二家)の身分格差がある。

盲人の仲間組織は当道座で、その最高位が検校、次いで別当、乞頭、座頭となる。検校は法印になり、社会的地位は高い。それで座頭金という高利貸を行って蓄財に励む。その.返済が滞れば多くの盲人が玄関に押し寄せるということで、取り立ても厳しく、財をなす。勝海舟の先祖もその一人で、武士の身分を買ったわけである。
料理屋、菓子屋にもミシュランガイドのような格付けはあった。

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