「みんなのミュシャ」展 於Bunkamuraザ・ミュージアム

ミュシャは以前に国立新美術館で開催された「ミュシャ展」を観ており、その時はアールヌーボーの旗手というミュシャのイメージを覆す「スラブ叙事詩」に驚いたことを思い出す。50歳時に故郷のチェコに戻り画いたという
(その時のブログ) https://mirakudokuraku.at.webry.info/201703/article_15.html

今回の展示は、ミュシャの描いた作品が時代を超えて、60~70年代のアメリカ若者文化や、現代の日本の漫画・ゲームに影響を与えていることを示す狙いもあるようだ。
もちろん、これらに影響を与えたのは重たい「スラブ叙事詩」のミュシャではなく、アールヌーボーの華やかで優雅な女性像のミュシャである。

これらのミュシャの作品は”Qの字の構図”になっていると解説されていたが、確かにQ字形の枠・背景に黄道12宮を描いたり、花を描いて装飾し、そのQの中に女優サラ・ベルナールのような華麗な女性像を描き、Qの下部に足の部分をを形造るように描いてQの字を完成させるという構図である。

装飾に使って描いた花などは日本や東洋の花模様の影響を受けていることを示す展示物もあった。

今回、鉛筆、木炭のデッサンが展示されていたが、強い線、優しい線、優雅な線、厳しい線、太い線、かすかな線と使い分けていて見事なデッサン力である。この展示の中で欲しいものは、これらのデッサンである。

各作品に女性の優雅で魅力的なポーズをとらせているが、それは当時生まれた写真で被写体の連続的な動きを撮り、それら写真の被写体における体の動きを描いていることがわかる展観であった。このようにして身体をくねらせた優美な女性像が生まれたのだ。

ミュシャは、本の挿絵画家として認められていき、当時の有名女優のサラ・ベルナールの舞台広告ポスターで脚光を浴びる。ある面で、売れる絵=人気が出るような絵を画いていたわけだ。だから晩年に「スラブ叙事詩」のような自分の心が画きたいような絵を画くようになったのだろうか。

ミュシャの影響は日本では与謝野晶子の歌集『みだれ髪』の表紙絵(藤島武二)などが嚆矢で、現代の漫画家、ゲーム作者に伝わっている。
欧米では60年代のレコードのジャケット絵に見られるとして、これらの作品が展示されていた。若い人にはこのような展示がいいのだろう。