「黒船以降」 山内昌之、中村彰彦 著

副題に「政治家と官僚の条件」とあるように、幕末の各人物の事績・人柄を著者2人の対談で浮かび上がらせている本である。内容豊富な面白い本であった。山内氏はイスラム史など世界史の権威であり、幅広い視点も面白い。中村氏は歴史小説家で幕末の会津のことなどを書いて、幕末の歴史全体に豊富な知識を持つ。

本は「徳川官僚の遺産」「徳川斉昭と水戸学」「薩摩と長州」「一会桑」「ふたたび徳川官僚の遺産」という5章に分かれている。各章で徳川幕府の官僚群の優秀さを指摘している。

各章のタイトルが、その章のメインのテーマだろうが、「徳川官僚の遺産」では小笠原諸島が日本領となった経緯や日本が植民地にならなかった世界史的背景を整理していて興味深い。
小笠原諸島には、ハワイ先住民や白人が住み着いていて、ペリーは貯炭場としようとしていた。イギリスも立ち寄り、基地もあった。イギリスが領有権を主張するも、アメリカは日本と開国交渉中であり、日本領と認めた上で借りればいいと判断。

日本が欧米の植民地にならなかったのは①幕府はアヘン戦争の教訓を学んだこと。②アヘン戦争はイギリス国内でも評判が悪く、イギリスも控える。③幕府も薩長も太平天国での内戦の悲劇を知ったこと。④アメリカは南北戦争が最優先。⑤イギリスとフランスがアヘン戦争からアロー号事件で中国にかかりきりだった。⑥クリミヤ戦争で、英仏両国とロシアは交戦中。

「徳川斉昭と水戸学」の章では、水戸藩が難治の地であったことを語る。光圀は検地で1間6尺3寸を6尺にする。28万石が36万9千石になる。そのため3年続けて飢饉。実質は15万石。観念を優先させる。次の代に石高が35万石と認められるが格式だけ。幕末の実収は約6万石程度。
家臣団も混成で、4割が武田信吉(家康5男)と一緒に来た武田遺臣団、それから佐竹の遺臣、徳川直参、北条家に仕えていた人、土豪などが交じる。
加えて藩主が江戸定府であり、家臣団は江戸と国元の対立しがち。
これで、幕末に壮絶な党派争いで消耗する。復讐劇が終わるのは明治の代。

「薩摩と長州」では、長州は後に瀬戸内海交易で資本を蓄積。塩田開発も行い、20万石以上は塩でまかなえる。八代重就の時に撫育方が設置され、開発方として検地を行い、特別会計にして、米、紙、塩田開発、はぜろうなどの増産を行う。宝暦検地では長州藩は支藩も入れて90万石くらいになる。明確にはわからないが朝鮮などと密貿易をやっていた。
長州はお金があったから京都でも遊ぶ、だから人気があった。会津はもてなかった。

薩摩は藩主も実際に戦うことで外交力を発揮(関ヶ原も)し、造士館で中国通詞を養成して、琉球を通じた貿易、密貿易をしている。砂糖の収入も大きかった。薩摩は飢饉のがなかった国である。武士が多く、独特の二才(にせ)教育。

長州は井上聞多や伊藤俊輔が英国に留学して、攘夷派から開国派に転じ、高杉も上海に渡っている。彦島の租借の話があったとき、条約をするなら英国は長州を一つの国と認めたことになる。今後、英国は日本の300諸侯の国家を相手にするのかと言い出す。

「一会桑」とは一橋、会津、桑名藩のこと。このグループは京都にいて、江戸の幕閣とも対立していた。長州や薩摩の当初のターゲットは会津ではなかったか。それが倒幕になった。
会津藩は秋月悌次郎が薩摩の高崎左太郎とルートがあり文久の政変を主導したが秋月は蝦夷に左遷されて情報ルートが無くなる。
桑名は11万石だが、柏原の飛び地が6万石であり、兵力の影は薄い。ただ立見尚文の軍は強かった。一に桑名、二に佐川…会津の佐川官兵衛、三に衝鋒隊…見回り組と幕臣と称されていた。
会津は京都に残り、長州征伐に参加しなかったから、長州がゲベール銃からミニエー銃になり、後にスナイドル銃、スペンサー銃と改革していく動きに会津は遅れる。
ドイツのスネル兄弟は、故国プロイセンを北方諸藩に見立てて支援。兄は松平容保の軍事顧問のようになり平松武兵衛という名前をもらう。明治維新後に会津藩の遺臣の家族40人をつれてカリフォルニアに移住。ワカマツ・コロニー。しかし失敗して行方不明。
長岡の河井継之助がガットリング砲を購入したのもスネルからである。

「ふたたび徳川官僚の遺産」ではイギリスは自国の名誉革命をイメージ(カトリックを国教としようとしたジェームズ二世を追放し、オランダからオレンジ公ウィリアムを招きいれて、人民の権利の章典を定め、立憲君主制に移行)して薩長を支援し、フランスの公使ロッシュは幕府を援助して、ナポレオン三世の役割を慶喜が果たすことを期待したのか。

榎本武揚はオランダ留学中に赤松則良とともにプロイセン、デンマーク戦争を視察。小さな王国が同じ君主を懐いて連携。だから蝦夷共和国の発想をもったのではないか。維新後に黒田清隆が北海道開拓の長官になるが、榎本を助命して、徳川のテクノクラートを蝦夷に招く。

この記事へのコメント