「戦国武器甲冑事典」中西豪・大山格監修

副題に「戦術、時代背景がよくわかる」とあるが、日本の武器や甲冑などについてカラーでの図解中心にまとめたものである。
大きく武具と甲冑に分け、武具は刀、槍・薙刀、弓、鉄砲、忍具の5章である。甲冑は甲冑の変遷、胴、小具足、着用次第、兜、陣羽織、馬具、合戦武具、武将甲冑、家紋の10章に分かれている。

刀のことは当方がわかっていることが大半だが、刀を実際に甲冑に着用する方法などは参考になる。
槍の名称、槍印、石突などははじめて知ることが多く、槍の構え方、戦い方や堀を渡るときに水中に棒として使う方法などが記されている。
弓は射程距離50㍍程度で薄い鎧を打ち抜く威力はあり、鉄砲と違って訓練が必要だが、鉄砲以降も重要な武器だった。
弩(いしゆみ)は中国で城の防御用に発達したが、日本では藤原広嗣の乱でつかわれたという記録はあるが、速射ができないなどの欠点で使われなくなった。

鉄砲では、大筒との違いが参考になる。なお鉄砲は300㍍ほど飛ぶが有効射程距離は100㍍内で、50㍍先の5ミリの合板を打ち抜くほどの威力がある。
大坂夏の陣では伊達軍が馬上筒を使うが、射程距離30㍍ほどとある。
撃ち方も詳しく、伏せだめ放し、諸ひざ折り放し、鐔どめ放し、緒だより立て膝放し、腰だめ放し、諸手放しなどの打ち方が図示してある。
大砲のことも記されている。この書にも関ヶ原の戦いでも石田三成が使用したことが記されている。ただし当時の鍛造技術では運用リスクも大きく、日本の場合は地形・道路の制約があり、攻城戦にはいいが持ち運びが不便で対人も命中率が低いという欠点があった。
大坂の役では稲富流の大鉄炮の口径33ミリ、弾丸重量50匁で1600メートルまで照準射撃ができたそうだ。

甲冑については詳しい。古墳時代から奈良、平安前期、源平期、南北朝期、室町期、戦国時代、江戸時代と分けて説明される。そして平安時代からは足軽など下級武士の胴丸、腹巻などの説明がある。
次ぎに鎧の各部の胴の種類と構造の説明がある。小具足は下着、籠手、脛当、立挙(たてあげ…膝頭を守るもの)、脇曳(わきびき…脇の下の隙間を防御)、袖(そで…肩の保護)、佩楯(はいだて…膝の鎧)、喉輪、面頬(めんぽお…顔の保護)、履物、それに陣笠、結髪、の説明があり、次いで鎧の着用手順の説明になる。
兜は各部の名称、兜の種類、立物(兜につける装飾)の種類。変わり兜と続く。

陣羽織の現存するものを紹介したり、忍術の道具、捕り物道具、農民武器(農具)が説明される。また合戦武具として陣太鼓、、楯の構造、携帯食料、水筒の形や矢を抜くための矢挟という道具、軍扇、軍貝、采配、鞭、軍配、母衣、旗指物の色色、各武将の軍旗などが紹介される。ここで福島正則の山道の旗を知る。
戦国時代の陣形また、有名な武将の甲冑姿も描かれ、間々にあるコラム欄では、名刀のことなど刀に関するエピソードも書かれている。