「江戸の外交戦略」 大石学 著

標記のテーマに即して、わかりやすくまとめられている本である。章ごとの終わりに参考文献が明記されていているのもありがたい。
全10章は「1.鎖国前史ー東アジア世界の変動と第一次グローバリゼーション」「2.豊臣秀吉のグローバリゼーション対応」「3.戦後処理と鎖国の道」「4.鎖国体制-「四つの口」と琉球・蝦夷」「5.通信使外交の展開」「6.通信使外交の歴史的位置」「7.近世日本の朝鮮人」「8.将軍吉宗と国際情報」「9.第二次グローバリゼーション-合理主義・客観主義の浸透」「10.洋学の浸透」である。

10章の内、5.6.7章の3章を朝鮮通信使の記述にあてられていたり、秀吉の朝鮮出兵のことに詳しいが、それは著者が韓国との歴史共通教材づくりのプロジェクトに参加されていた為である。朝鮮出兵時の具体的進路や抵抗の様子、江戸初期に国交回復に資した対馬藩の国書改竄までしての苦労、朝鮮からの通信使は日本に侮られないように優秀な人材をあてたこと、朝鮮から通信使が来日しても、日本側から朝鮮に出向かなかったのは、秀吉の朝鮮侵攻時に、道が判明していたから進軍されたとの思いから、朝鮮側が警戒して断っていたとのことなどを知る。

この後、明が衰えて清になると、朝鮮に朝鮮中華主義が生まれる。また日本では鎖国の過程で、日本型華夷意識が生まれ、これが攘夷思想につながる。

キリシタン禁教の歴史もわかる。秀吉のキリシタン禁止は天正15年に大村純忠が長崎をイエズス会に寄付していたことに衝撃を受けたためだが、南蛮貿易は積極的に推進。慶長5年にスペイン船サンフェリッペ号が土佐浦戸に漂着した際に船員がスペインはキリスト教を布教したのちに日本を植民地化しようとしていると述べたために京都、大坂で宣教師26名を捕縛、長崎で処刑。
この本では当時のキリスト教信者数は天正10年に約15万人、慶長5年約30万人、慶長10年には約70万人とある。拙著の「正誤表」で直した数値よりも多いから原典にあたらないといけない。

「四つの口」とはオランダ、中国の長崎、朝鮮の対馬、琉球の薩摩、蝦夷の松前である。

朱印船貿易と糸割賦制のことも理解できる。糸割賦制とは、当時の最大の交易品の中国産生糸を、ポルトガル商人が独占しており、価格をつり上げるのをふせぐために、長崎で糸割賦制を創設。京都、堺、長崎の商人が仲間を結成し、春に価格を決定し、その価格で一括購入して仲間に分配する制度で、後に江戸と大坂の商人が加わる。

なお「鎖国」という言葉は元禄3年にオランダ商館のケンペルが著書『日本誌』を記し、それを訳した通詞の志筑忠雄が「鎖国論」と訳したことからはじまる。

第8章では、吉宗は実に細かいことまでオランダ商館長に質問していることが記されている。これが洋書解禁やオランダ医学の導入などにつながる。

19世紀に欧米列強は産業革命を推進し、工業生産のための原料入手や製品の販売先をもとめ、世界各地に進出。この動きがアヘン戦争や日本の開国につながる。

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