「日本の金」彌永芳子 著

著者は「彌永北海道博物館」を運営しており、特に北海道の産金の歴史やアイヌ文化を研究している人と著者紹介にある。なんとなく脈絡が通らない展覧会のカタログ的な本である。
北海道の産金の歴史は文書が残っている範囲では江戸時代の松前藩政からになるが、それ以前の日本の産金史についても触れている。
まず陸奥の産金があり、それは天平21年(749)に陸奥国小田郡(現在の宮城県遠田郡湧谷町黄金迫とされている)から歴史に残る。聖武天皇の時の記録にもあり、大仏建立時の鍍金に使われたわけだ。
平泉の金色堂や義経を陸奥に誘った金売り吉次(実際は橘次で京都三条の両替師の一人という)の伝説などが陸奥にはある。ナヨ竹という長さ8寸ほどの竹筒で砂金を持ち運んだようだ。

戦国時代の話として甲州の黒川金山、雨畑砂金地、富士金山、安倍金山、西八代郡金山などに触れられている。次ぎに佐渡島の金山のことが書かれている。各地の案内板程度の内容である。

金銀山の産出方法、経営方法の解説があり、湧水との戦い、暗闇における照明の苦労などが記され、坑夫で40歳を超えるものは稀だったことが記されている。ここに灰吹法のことが記されていて参考になるが、はじめてこんな方法を見つけた人は偉いものだ。

金が贈答用から貨幣になる歴史や、外国人に日本が金銀島と伝わった事情を簡単に紹介する。

砂金の形状(中に769グラムほどの大きなものも出たそうである)の説明もある。金鉱山では平均して鉱石1トン中に5~10グラムの品位だが、現在の菱刈金山は1トン中50~60グラムの品位もあるようだ。

松前藩は当初は秘密にしていたが、キリシタンも容認して掘っていたようだ。

砂金掘り用の昔ながらの道具が図解されている。


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック