「日本の色を知る」吉岡幸雄 著

江戸時代から続く家業の染色屋を営んでいる著者の本であり、季節ごとの色にちなんだ風物を取り上げ、季節の情景を身の周りから浮かび上がらせ、これらのことが詠われている昔の物語や和歌などを紹介している。

その中で、昔ながらの染色方法などの話が出てくるが、それが興味深い。
最終的に鮮やかに染め上がるのだが、その元となる植物を選定し、それを加工するわけだ。煮たり、水洗いしたり、曝す方法、その過程で加える灰などの成分、昔の人はよくこれだけの工夫をしたものだと改めて感心する。

藍染めは日本独自と思われているかもしれないが、世界でも行われていたとしての解説も面白い。ヨーロッパ人は大青(ウォード)というアブラナ科の植物を原料としていた。15世紀にインド藍(マメ科の木藍(モクラン))が輸入され、それはイギリスが独占する。だからインディゴ・ブルーとなる。
スペインは中南米の国から輸入するようになる(ナンバンコマツナギ)。なおエジプトでも藍があったことはミイラの遺品からもわかる。
中国では2300年前に荀子が「青は藍より出でて藍より青し」と書いているように藍の染色が盛んになる。

藍は木綿にもよく染まるので、日本では木綿が伝来し、普及した以降に盛んになり、京都の九条周辺や播磨が産地であった。阿波藍は、吉野川が暴れ川であり、よく氾濫する。蓼藍(たであい)は水に浸かっても育ち、連作を嫌うので水害で土砂が替わるのはむしろ都合が良い。そこで蜂須賀家政が奨励して阿波の藍という特産に育てる。
この本には書いていないが、阿波踊りを観に行った時に徳島藩の農民は藍の年貢に苦しめられていたようだ。

冠位十二階として色が階級(紫、青、赤、黄、白、黒)を表したが、これは随の制度を見倣ったものである。ただし、中国は黄が今でも尊ばれる。紫は帝王紫という言葉があるようにギリシャ、ローマで貝の内蔵からとった紫が喜ばれ、それが東洋にも伝わったと記されている。

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