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zoom RSS 「日本史の謎は「地形』で解ける」 竹村公太郎 著

<<   作成日時 : 2019/02/06 13:33   >>

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著者は元は建設省の技監であり、ダム、河川のことの専門家のようである。日本史上の出来事を地形の視点から新たな解釈を下している本であり、なかなかおもしろい。
以下、各章の内容を断片的だが、記していく。

関東平野は徳川家康が来たころは関東湿地であった。ただ日本一、肥沃で水が豊富だった。そして利根川東遷工事を1594年から羽生市北部の川俣で「会いの川締切り」工事を行う。その後、お手伝い普請という方法を考え、全国の大名の力を借りる。1621年に利根川と西の流域を結ぶ幅7間の赤堀川が開通。3代将軍の時代である。その後も拡幅、掘削を続け、11代家斉の時代に幅40間にまで広がる。

京都の東海道側からの入口の逢坂は狭く、ここを上の比叡山から攻撃されると京都に入れない。だから信長は比叡山を焼き討ちにした。

鎌倉は山に囲まれて狭い。前は海で由比ヶ浜であり、守るのに便利な地形である。また当時の京都はスラム化し劣悪な環境で疫病が流行していた。

元寇は牛馬を制御する民族の侵略だが、乾いた大地の無い日本では進軍できなかった。そして乾いたところには森林が茂っていて進軍の邪魔をした。これが勝因の一つである。なお1288年にベトナムはバックダン川の戦いでモンゴル軍を破る。これも得意の水軍に持ち込んでの勝利である。

皇居の半蔵門が江戸城の正門である。甲州街道に続き、そこは尾根道。半蔵門は橋ではなくて、土手がお濠を横切る構造である。ここは総力を挙げて守る門である。

小名木川は家康が江戸に入ってすぐに開削する。行徳の塩を運ぶためではなく、江戸湾を横切り軍を迅速に動かすための高速道路だったのではないか。佃島の漁師は家康にとって信頼できる海の民。だから移住させて水運にあたらせた。

江戸の当初は赤坂の溜池が水道のためのダムだった。人口が増えるたびに新しい水源が開発されてきた。

吉原遊郭に行く日本堤は江戸市街地を荒川の水害から守る大事な堤。遊郭を造り、この上を歩かせることで堤を強くした。

日本の歴史は稲作民族が狩猟民族を圧迫した歴史。征夷大将軍とはそういう意味。最期の狩猟民族は毛利家。中国地方は平野が少なく稲作に不向きな土地だった。

江戸には海運で多くの物資が集められていた。物資=モノは情報でもあある。文明の中心は交流にある。日本列島の地理的中心は中部地方か近畿地方。縦(日本海側と太平洋側)が近いのは琵琶湖を使った近畿。京都の前に巨椋池があり、ここは琵琶湖から瀬田川になり、それは宇治川になる。また上から桂川、木津川も巨椋池に流れ込む。この北が京都である。
京都から巨椋池経由で淀川を下ると大阪湾である。こうして江戸や京都が首都になっていた。

奈良は宿泊施設が少ない。それは長く停滞したから。奈良の人口は奈良時代に20万人弱。平安時代になると2万人くらい。そして鎌倉時代はもっと少なくなる。室町時代は3万人、桃山時代は4万人で、江戸時代はまた鎌倉時代と同様に少なくなる
交流軸から外れたからである。

奈良時代は、シルクロードは大阪湾から大和川を上って奈良盆地に入る。当時の奈良盆地は湿地水面が広がっていた。交通の便が良く、シルクロードの終点であった。
福岡は大都市だが大きな川もない。それなのにこれだけ栄えているのは大陸との交流軸にあるから。ゴミの漂着が多いことでも理解できる。

奈良盆地は都であった期間に、周りの木々を伐採して不毛の地になる。山が荒廃すると水害が盆地を襲う。また土砂が水面を埋める。生活汚水が溜まる。それで平安遷都に踏み切ったのである。

京都に都が移ると、淀川流域から巨椋池がルートとなり、奈良は交流軸から外れる。

家康も京、大坂には木材資源が枯渇していると考え、江戸に遷都。兵庫の六甲山、滋賀の田上山が荒廃した山。

緑の空間が多いとは庶民ではなく貴族、王族、大寺院があったこと。庶民の大坂は緑が少ない。自然を守るのは権力者。庶民は自然を潰す者。


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