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zoom RSS 「歴史をつかむ技法」 山本博文 著

<<   作成日時 : 2019/01/09 21:22   >>

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意欲的な本で面白い。学校の歴史は歴史知識中心だが、それでは面白くもない。歴史的思考力が身につくと楽しいし、ある面で本当の教養(総合的な判断力)になると著者は書き、その著者の思いを一般人向けに著作にしたものであり、最新の歴史研究の成果も取り入れながら一般向けに簡単に書かれている。

歴史用語にはわかりにくいものがあり、例えば奈良時代の事件にある「乱」と「変」の違いについては、「乱」は軍事蜂起を伴う国家(天皇)への反乱、「変」はときの政権の転覆工作であるなどの説明もある。

過去の歴史時代には時代特有の観念があり、赤穂事件では喧嘩両成敗が当時の武士社会の常識であったことを知らないと解釈が変なものになると述べる。

時代小説は歴史の時空を切り出して、そこを舞台にして展開される物語で、時代に仮託して人間の本質を探究している。また歴史小説は実在した人物を、ほぼ史実に即した物語にして、新解釈を楽しむようなものである。
司馬遼太郎も当初は時代小説だが、だんだん歴史的事実を大事にしてきた。

人類は進歩してきたというのが進歩史観。歴史には一定の方向があるとする。マルクス主義史観もこの一つで、古代奴隷制→中世農奴制→資本主義社会→社会主義社会と考える。

時代区分として古代、中世、近代とヨーロッパの歴史学は区分している。日本では江戸時代を近世に区分している。
考古学でしか研究できない時代を先史時代とする。以降は歴史時代(有史時代)で、日本は魏志倭人伝に出る3世紀頃からのヤマト政権からである。6世紀末に飛鳥に王宮を建設するので飛鳥時代。日本書紀、古事記にも記述がある。奈良時代は平城京が建設され、律令や国家が基礎になった時代。平安時代は律令国家が変質して王朝国家であり、この摂関政治の時代までを古代と呼ぶ。次ぎに上皇が政治を握る院政期になり、その軍事力として武士が台頭する。これ以降を中世。それから鎌倉、室町、戦国となる。織豊期は天下統一があり、江戸時代を近世とする。明治から近代。そして戦後を現代と呼ぶのが普通。これも学者によって解釈が違う。
そして日本の場合は政権所在地を奈良時代、平安時代、江戸時代などと時代区分に使用している。

文化史の時代区分は少し異なり、古代は縄文、弥生、古墳となり、飛鳥時代は飛鳥(仏教中心)、白鳳(遣唐使による唐風が入る)。奈良時代は天平文化で仏教が重んじられ、平安時代は初期は弘仁・貞観(空海の影響など唐風文化)、国風文化(女流文学)、院政期は武士、庶民の文化も入る。鎌倉は武士による質素な文化と新仏教、南北朝文化は正統性にこだわる。室町の初期は北山(公家と武家の融合で能など伝統文化の基礎)、東山(禅宗の影響を受けた幽玄・侘び)で戦国時代は文化が地方にも広がる、桃山文化(雄大華麗、南蛮文化も入る)、寛永文化は京都を中心とする公家文化で武家がパトロン、儒学中心、元禄は町人を中心とする多彩な文化、宝暦・天明の文化(蘭学による科学知識の吸収)、化政(都市の成熟による庶民の文化)
明治は日本なりの西洋文化、大正から昭和初期は市民文化、大衆文化、1930年代はエログロナンセンスの享楽的大衆文化、

古代は大王家(天皇)の後継者をめぐる争い。皇統における直系の概念を見ると理解しやする。父子で皇統を継続し、母が皇女であることが直系の資格である。

百済滅亡で4、5千人以上が亡命し、庶民層の多くは関東に入植する。

奈良時代の仏教は天然痘などが流行して、藤原不比等の子4人が逝去したことなどで盛んとなる。奈良時代も藤原氏より天皇の考えで政争が起きる。聖武が長屋王を殺し、母が皇女の資格者をなくし、以降藤原氏の娘がなる。
平安遷都は桓武が天智系の天皇が続いた平城の地を嫌ったことが本質。

平安時代の摂政関白は律令下にはなく令外官(日本化)。そして官職の世襲が進み、官僚制度が家職化する。これが12世紀前半。

王朝国家では班田収受はできなくなり、国司に大きな権限を与える。前任者から一国の財産などを引き継ぐことから受領と呼ばれる。公領だけで荘園には支配は及ばない。

後三条天皇は藤原氏を外戚としない天皇。上皇が政治を行い、摂関政治は危機。そして上皇は私兵として武士を使う。

鎌倉期の武士の心はたとえ親子兄弟でも対立すれば容赦なく攻め滅ぼす心を持っていた。だから頼朝の直系も絶える。
承久の乱で上皇方の貴族、武士の所領3000箇所を没収して新たに地頭。蒙古襲来で北条宗家(得宗)が力を持つ。そのうち御家人ではない北条家の家来筋の内管領、御内人が力を持ち、御家人と対立する。

南北朝は皇統2つの並列を後醍醐が嫌い、それを調停する鎌倉幕府も力がなくなる。今度は足利家が兄弟で対立する。この3つの勢力が絡みあうから長く抗争が続く。各地の武士も惣領制(宗家を首長として分割相続した分家も宗家を中心に結束する)が解体して、分家が独立の様相を強めて対立が起きる。

足利義満は天皇に成り代わろうとはしていない。室町幕府の正統性は朝廷から征夷大将軍に任じられているからであり、天皇の権威が必要であった。
室町幕府は将軍・有力守護連合である。それに奥州探題、羽州探題、九州探題に鎌倉公方と関東管領があり、将軍の直属が奉公衆。

盛りたくさんの内容の一部を書き抜いたが、歴史に詳しい人にも知識の整理になる本である。

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