「江戸大名のお引っ越し 居城受け渡しの作法」 白峰旬 著

内容は学術的な本であり、読みやすい本ではない。また改易、転封の時のこぼれ話、苦労話などが出てくる本ではないから面白くもない。
内容は「1.改易処分による大名居城の受け取り・引き渡し」として「寛永9年の熊本城」「寛文6年の宮津城」「天和元年の高田城」「元禄10年の津山城」の事例を紹介している。

なお大名の改易は三代の時が57例、二代は55例、五代が45例と格段に多い。三代までは外様大名を中心とした大名改易策、五代は自身が養子であり、将軍権力を強化する方向での徳川譜代大名の改易策である。

城受け取りの役目は、①上使(将軍の使いとして正使と副使)、②上司の目付、③城受け取り大名、④純粋な幕府の吏僚としての勘定衆に分類される。
第一次の上使は有事も想定した編成に対して、第二次の上使は平時を前提とした事務的な編成で構成されている。
加藤家改易では、第一次上使が加藤家からの熊本城受け取りを行い、次いで細川家が第一次上使から熊本城の受け取りという手順となる。
第一次の時は、有事に備える意味で、幕府の軍役以上の軍事編成で各大名は対応している。

宮津城の時は、家老の5人が城主からの城明け渡しの書状が出されることを開城の条件としている。家臣である自分たちの面子(武士としての)重視という側面もある。

受け取りの大名が複数指名されるが、その中で知行が多い大名が本丸を受け取るという慣例であった。そして受け取る大名は大手門から入城する。

城受け取りは、規定、あるいは規定以上の軍役で実施するわけであり、その大名にとっては戦時編制の練習にもなったわけである。

受け取りのプロセスは①幕府から目付が派遣される、②近隣の大名が城受け取りの担当大名として幕府から軍事動員される、③新城主が決まるまでの期間は幕府より在番大名が派遣されるである。

「2.通常転封により大名居城の受け取り・引き渡し」では「宝永3年の吉田城」「正徳2年の古河城」「天保7年の浜田城」「天保7年の棚倉城」「慶応3年の白河城、棚倉城、川越城」の事例が紹介されている。
通常の転封では、一旦、幕府が旧城主から居城を収公して新城主に引き渡すという形式である。
城主である大名は江戸にいて現場には立ち会わない。転封が決まっても数ヶ月のブランク期間があり、旧城主が実効支配をしている。
上使の役割は、①城引き渡しの期日の指令、②現地で高札を渡して立てさせる。③城引き渡し、受け取りの前日に城内所々の見分、④当日に城内に入り、監督を行う、⑤終了後に月番老中への注進状を宿継飛脚で出すなどである。

大名家のお引っ越しはマニュアル化されていた。城付き武具、兵糧米を引き渡すことになる。城の絵図は幕府に提出する。
譜代大名の中には多くの引っ越しを経験した家もある。松井松平家は8回、井上家は12回も行っている。

「3.江戸時代における大名家格と城郭」として『土芥寇難記』における居城と居所の表記の違いに言及している。

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