「ギョッとする江戸の絵画」辻惟雄 著

この本は著者の名著『奇想の系譜』(私のブログ:https://s.webry.info/sp/mirakudokuraku.at.webry.info/201801/article_9.html)とほぼ同様のものだが、その後の研究で判明したことを簡単に加え、画家として従前に取り上げた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳に加えて、白隠、葛飾北斎を加えている。最後に現代アートの村上隆との対談を載せている。

著者は芸術の一つの効果として、決まり切った日常性の繰り返しのなかにまどろむ日々に、非日常的な生命感をもたらし、生命のエネルギーをよみがえらすことにあるという高階秀爾氏の言を引用してギョッとする絵画の意義を述べているが、この通りと思う。

著者の前著を契機として、異端の画家が今ではメジャーになっているが、このように評価されていない画家を率先して取り上げ、結果として時代の風潮を先取りしたことは偉いと思う。

狩野山雪の項で、寛永年間は桃山から江戸への過渡期で、文化も同じで、俵屋宗達のような太陽のような明るい輝きもつ画家が出た一方で、山雪や又兵衛のように人間の感情の影の部分や秘密の世界を表現する画家が出たと書いている。

奇想の画家は山雪、又兵衛から、1世紀くらい出現しないが、この理由として都市の性格が変わってきたのではと書く。すなわち、従来の特権商人(上層貴族階級に出入りして御用商人)が、大名貸しの焦げ付きなどで没落する。その一員に属していた光琳は食い詰めて画家になる。このように中世以来の町衆の末裔が没落して、新しいタイプの商人が出現するまで出現しなかったと書く。庶民的な生活感覚と美意識が奇想の画家の出現をもたらしたとする。

この間に出現したのは白隠と、もう一人は円空のようだが、彼は都会では活躍していない。

白隠は既成の絵画の概念を無視した奔放さ、力強さなどの自己流の魅力が横溢している。これが次代の画家に影響を与えた。

伊藤若冲は写生も重視したが、それに加え装飾性(西陣織との関係?)もあり、子どものような好奇心もあったと書いている。

最後の頁に奇想の画家も含めた年表がつけられていたが興味深い。



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