「縄文 1万年の美の鼓動」 於東京国立博物館

まれにみる酷暑の日々だが、今日は午前中は陽射しが弱く、妻と標記の展覧会に出向く。もっとも帰りの12時過ぎは陽もかんかん照り、上野公園はヨーロッパスタイルの公園だから木陰が真ん中にはなく厳しい。横の芸大側のいつもは浮浪者がいるところを歩いて帰る。浮浪者は暑いせいか、別の理由かはわからないが一人だけ見かける。

縄文土器が中心の展覧会である。火焔型土器に土偶が中心である。芸術的な価値が高いものは縄文時代後期に作られたものが多いことがわかる。
火焔型土器と焼町土器が同じものかわからないが、よく似た土器で同様にエネルギーに満ちあふれた土器である。縄文というより、細長い粘土を貼付、一方で表面に切り込みを入れたようなものである。ただの煮炊きに使うのなら不要な装飾である。新潟県から群馬県、長野県から多く出土するようだ。

これら作品を観ていると、後の日本人の美意識とは違う感じである。アイヌ民族の紋様に似ているのかなと思う。やはり縄文人は弥生人に追われて、北海道のアイヌと、沖縄の琉球人に文化が残っているのだろう。

縄文土器の紋様に雲形文があるが、これは後の世の巴紋とよく似ている。原点はここにあるのだろうと思う。

縄文時代と、同時代の中国、インド、メソポタミア、エジプト、ヨーロッパの土器が展示されているコーナーもあり、興味深かった。外国のはより機能的になっているのだろうが、土器の美的センスだけなら縄文人の方が上と感じる。

なお、ここに展示されている作品は全国各地からの出土品であり、出土場所を見ているだけでも楽しい。もっとも西日本は少ない。今、私が住んでいる市川市の堀之内貝塚の出土品も展示されていた。

土偶は何の為かは正確に把握されているわけではないが、その姿から出産、豊穣への願いが籠められているものというのが定説になっているようだ。縄文時代の信仰の対象だ。
小形の小さいもの、顔がないが乳房などだけの簡単なもの、土板に描いたものなど様々である。顔の形状も遮光型土器のようなものからハート形のものまで様々だ。
人体、顔面がデフォルメされていて、現代の抽象芸術と同様な感じで、面白い。

今回展示されているものは、状態の良いものが大半であり、妻は模造かと疑ったようである。もちろん本物であるが、補修の跡があるもの、一部が欠けているものもあるが、健全さは特筆される。だから国宝、重要文化財に指定されているわけだ。私も小学生の頃に2㎞ほど離れた高台の畑の中から縄文土器の破片を採集し、現在でも所持している。市川市歴史博物館の研究員に観てもらったら、今から3800年前の堀之内式土器と3200年前の安行式土器のかけらということだった。考古少年だったのだ。

石器、骨器などもある。翡翠のペンダントもある。櫛として漆で木歯を固めたものもあった。また土の耳飾りも多く出土している。貝の腕輪、土器の腕輪もある。耳飾り(イアリング)というのは、縄文の時代からあるわけでピアスをどうのこうのと言う発想はおかしいのかもしれない。





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