「海馬(トド)」 吉村昭 著

副題に動物小説集とあるが、鰻、闘牛、蛍、鴨、羆、鯉、トド関係する人物とその生態が詳しく書かれているが、それら動物が主題ではなく、この副題には違和感があるが、吉村昭の短編小説を7編集めた短編集である。
「闇にひらめく」「研がれた角」「蛍の舞い」「鴨」「銃を置く」「凍った眼」「海馬」の7つで、そこに、その魚、動物、昆虫の飼育、あるいは漁(猟)のプロ(アマチュアでも本職並み)の人物が登場して、その関わり合いを書くと同時に、それに強く関与してきた背景を浮かび上がらせながら吉村昭らしい小説に仕立てている。
動物と主人公との関わりあいが、その主人公の性格、人生経験の厚みとして小説の効果を高めている。

なお短編集全体のタイトルの海馬とは、今、話題の脳における部位を連想するが、トドの漢字とのことだ。

「闇にひらめく」はウナギ漁の人物が主人公であり、その漁の様子を丹念に書きながら、その人物の過去が明らかになり、最後は前途に明るい未来が見えたところで幕を閉じる。カンヌ映画祭で賞をとった「うなぎ」の原作であるとのことだ。ウナギ漁にのめり込む主人公の心の重荷が想像されてくる。

「研がれた角」は宇和島の闘牛の話で、牛を飼い、鍛錬する様子と牛の戦いのありさまを書きながら、牛を飼う家族の親子のふれあい、その妻となる女性の姿を描く。これも幸せが待っていそうな結末である。

「蛍の舞い」は蛍の飼育に取り憑かれた男の過去が蛍の飼育の状況を詳しく書き込む中で明らかになってきて、この主人公の将来もやり直しが期待できる終わり方である。

「鴨」は囮の鴨を育て、それで鴨猟をする猟師親子の話である。息子の方に良いお嫁さんが来る結末である。

「銃を置く」は北海道で羆を通算で100頭射止めた猟師の話である。猟の様子は緊張感がある。羆が人間を7名殺した事件をきっかけに猟師となった男が、最後の猟を行う。使命感で羆撃ちをしてきた男が、その使命感から解放される重みが理解できる。

「凍った眼」は鯉の飼育を業として行うようになった親子の話である。顧客が亡くなり、その飼っていた鯉を引き取る様子を丁寧に書いて、この職業、人間の心理を描いている。何か冷徹な人間を描いている。

「海馬」はオホーツクで漁業に被害をもたらすトドを捕る男の話であり、鉄砲を撃つ人と船をあやつる人物が2人組で実施する。先輩というか師とも言える人物の家族との関係に男女の話が入り、これもハッピーエンドの結末が期待されるような終結だ。

こうして各短編の概要を書くと、ハッピーエンドとなりそうな予感で終わる小説ばかりだが、読んでいる最中は重たい感じで、いかにも吉村昭の小説である。


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