「戦国大名の兵糧事情」 久保健一郎 著

兵糧という内容そのものが史料も少なく、わかりにくい為か、読んでも何となくしかわからない内容であった。
兵糧にはモノとしての兵糧(米などの食糧)のほかにカネとしての兵糧もある。カネで兵糧は買えるわけで、徐々に後者の比重が高くなる。

短期決戦の場合は、兵糧自弁で腰兵糧ということで指示があった。一方で、敵地での略奪という調達方法もある。敵地で収穫前の作毛を刈り取るのは刈田、作薙(さくなぎ)と言われる。
大事なものだが、一方で兵糧は荷物という面があったわけである。だから逃げる時などは小荷駄(兵糧)を切り落として逃げることも普通であった。

兵糧は必要な場所への搬入も大切で、戦時におけるモノの動きの統御を戦国大名が行っている。北条氏は虎朱印状(7.5センチ四方の内側に禄寿応穏という印文が刻まれ、上部に虎がうずくまる意匠)で傘下の国人領主に指示している。各国人領主勢力圏内の領内通行などを保証している。

大量の物資の運搬は海上交通の方が便利であり、毛利氏での研究成果を紹介している。陸路では伝馬制度で実施される。武田氏は兵糧運送役があったが、領内で指示を出して請け負わせていた戦国大名もある。

兵糧代わりに銀で送る場合は、現地に商人がいて、それで食糧を調達できることが必要だった。戦国大名は、商人たちを自陣営に呼び込む政策(市庭での取引を当事者の自由にする、横合非文を働く者は検断衆が処断、路次中(市庭までの道中)の関銭は免除)などをとっていた。

戦国時代から武士の中には兵役(軍役…馬・武具の整備や在番など)過多の為に借金に喘ぐ者も多く、それら武士の救済の為に、戦国大名の蔵からの家臣への援助(蔵銭)もあった。中には取り潰された武士の家もあった。
もちろん百姓の負担も大変であり、兵糧だけでなく、陣夫役で困窮する。なお戦国大名が戦闘員でない領民を動員する時は「御国之御大事」などの論理を用いることを指摘している。
戦争では一挙に需要が盛り上がる面もあり、戦争で儲けるような層もいたことを想像している。
これに関して徳政についても、他論文を紹介して「あるべき姿の復活」という論理で、貸借破棄を中心としつつも、善政を意識した施策として戦国大名で行われていたことを述べている。要因には戦争と飢饉をあげている。

兵糧の使い方では『雑兵物語』の記述を紹介しているが、米を多く兵に支給すると酒にして飲んでしまうなどの記述については半信半疑である。

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