「背中の勲章」 吉村昭 著

この小説は、太平洋戦争時に日本人として2番目にアメリカ軍の捕虜になったと言う人物を主人公にしたものだ。漁船を改造した哨戒艇の乗組員として赴任した信号兵の中村一等水兵は、その艦で信号長として勤務する。敵艦をいち早く見つけて、打電する役割だ。
無線機で打電すると、発信場所がわかり、敵艦から攻撃されることになる。だから「敵艦見ゆ」の打電後は、貧弱な武装の船だが、戦って沈められることになる。形を変えた特攻のようなものだ。

当時の兵は、死ぬのが当たり前という教育を受けてきたから、そういうことは承知の上で勤務につく。そして、ついに敵航空母艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦4隻を発見して打電する。この時の緊迫感の描写も見事である。

その後、敵艦、敵機に見つけられて、その攻撃を受けて沈められる。船から投げ出された中村一水は他の4名と敵艦に向かって泳いで攻撃(スクリューに巻き込まれることで敵艦にダメージを与える)に向かうが、途中、敵のゴムボートからオールで殴られて失神して捕虜になる。

「生きて虜囚の辱めを受けない」のが戦陣訓であり、捕虜になっても日本兵士の意地で命令に逆らい、途中、海に飛び込んで逃げるが結局はつかまる。一緒の艦の4人も捕虜になっている。故郷に捕虜になったことが知られ、故郷の家族がつらい思いをするのを恐れて、変名立花二郎と名乗る。

当初は恥辱と思い、敵の食糧を食べないで我慢するが、日本軍が攻めてきた時の為にと生き延びる。このような捕虜の気持ちの変化も丹念に書いている。

そしてある収容所で日本人捕虜1号の坂巻氏(真珠湾で捕虜)とも出会う。同じ捕虜に出会った時の屈折した気持ちや、それぞれの捕虜の性格など、次から次へと送り込まれる捕虜の物語が続く。送り込まれる捕虜の状況から厳しい戦況はしれるが、捕虜は皆、いつか日本が勝つと信じている者ばかりである。

捕虜生活が長いから英語もわかるようになり、捕虜の責任者のような立場になる。この立場になれば、またその為の悩み、課題も出てくる。それも丹念に記述して、つらい捕虜生活を描いていく。

送られてくる捕虜が沖縄戦後に途絶える。こういう状況でも日本の敗北は思わないで捕虜生活が続く。米軍は日本が降伏した後にも、捕虜が自暴自棄になっての暴動を恐れて、このことは告げない。
帰国の船で、富士山を見て船の捕虜たちは驚き、日本の敗戦を知る。それまでは船でアメリカ軍の別の捕虜収容所に送られるものと考えていたわけだ。

故郷に帰る汽車の中で、戦後の乱れた風紀を描き、また中村一等水平の心の葛藤を書き、故郷を通り過ぎようと思う時に、岩木山の姿を見て、気持ちが固まり帰宅する。
母はまだ存命で喜ぶ。もちろん名誉の戦死をしたものとして立派な墓もできていた。氏は後の墓を毀したそうだ。

視点を変えた戦争小説である。「背中の勲章」とは捕虜になった時に、服の背中にペンキで書かれるPW(Prisonera of War)の文字のことである。何度も落とそうとするが、薄くなったりするとまた監視役に書かれる。最後の日本へ帰国する時は書き直されずに薄くなっていくわけだ。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック