「戦国武将の合戦図」 小和田哲男 監修

現存する戦国時代の合戦を描いた屏風を解説している。しかし大型の本ではなく、普通のサイズの本であり、その中で図版が拡大してあっても、やはり小さくてあまり良くわからない。次のような合戦屏風を取り上げている。
川中島、姉川、長篠、耳川、山崎、賤ヶ岳、小牧長久手、朝鮮、関ヶ原、長谷堂、大坂冬の陣、大坂夏の陣である。屏風はそれぞれ別の専門家が解説している。

合戦図と言っても後世に描かれたものであり、戦争の実態や地形などは正確ではない。また屏風の発注者の先祖を顕彰する目的であれば、当該武将に脚光が当たるなど正確性を求めることは無理である。ただし、画中での個別の兵たちの軍装や庶民の書かれ方は正確で、風俗史の資料として使えるそうだ。

私自身が面白かった点を列挙すると次のようなことである。
・川中島でも、武田軍は前面に、3間の長槍隊を並べている。その後ろに旗指物を付けた長柄足軽衆。
・姉川では長寸の豪刀を抜いて馬上にいるのが朝倉方の真柄十郎左衛門直隆で、これは3尺を遙かに超える刀だ。
・九州の耳川の戦いでは、大友軍に長刀も見受けられる。地域差なのであろうか。
・朝鮮軍陣図屏風は佐賀藩の鍋島直茂が描かせたものが元のようだが、慶長の役で蔚山城での日本軍の籠城戦の図である。明軍は蔚山城を無数に囲んでおり、大変な撤退戦だったことがわかる。
・関ヶ原では福島軍の旗印が縦にウネウネの山道文であることを知る。(幕末の絵師が描くと、横方向の鋭角な山道となる)
・戦場では関ヶ原の頃も、ほとんどの兵が刀を太刀指にして戦場に出ている。戦いの場でこのようなのが普通。これは鳥居差と言われるようで、刃を下に向けて抜刀するほうが、視野を確保したまま構えることができるとされる。
・旗は背中に差すよりも、腰に差すのが基本。
・長谷堂合戦における最上義光は長大な鉄棒で戦っている。

この記事へのコメント

shimanuki
2018年09月24日 13:40
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